私の知ってる精神科医は優しく良心的な人ばかりです

【私の知ってる精神科医は優しく良心的な人ばかりだ】

私のブログを読む人の中には、そのように思う人も多いと思います。
「そんなことはない。私の知ってる精神科医は良い人ばかりだ。優しいし話もよく聞いてくれるし、薬の処方だって慎重でいきなり多剤大量処方をするわけではない」
もちろん、私はそういう精神科医も含めて批判しているのですが。

そういう人の話をよく聞いてみると、自分が良い精神科医だと思っているだけで、実際にはかなり悪質な精神科医だったりするわけですけど。
目先のことだけしか考えなければ、確かに優しくて良い精神科医かもしれない。

私の同級生も3年ほど前に、慢性薬物中毒、薬物依存症で亡くなった。友人たちの同級生も医療従事者なので「薬は良くないから止めたほうが良い」と止めたようだが、もちろん本人は抵抗を示し、言うことを聞かない。
「今の主治医は優しくて話をよく聞いてくれるし、とても良い先生」

実際、個々の精神科医はけっこう良い人だったりするわけです。マッド・サイエンティストみたいな人もいるけど多くはない。

私も直接、殆ど歳上で亡くなった人も多いが、間接何人もの精神科医を知っており、皆さん悪い人ではなく人当たりも良く、精神科医としてはよほどマシなほうです。
ホントに悪質なヤツも知ってるけど、こっちも向こうも避けるし。

いつも悩ましく思うのは「話はよく聞いてくれるし、薬の処方に関しても慎重」な医者の方が結果的にはかえって悪質ということになるのかも?
見るからに悪質で不適な悪質精神科医なら患者も避けるし、精神医療の評価も下がり、批判もされ見向きもされないだろうけど。
外面だけは良い精神科医が増えましたね。

反精神医療派、精神医療批判派にも同様のことが言える。
そうした人のおかげで、近年は向精神薬の処方に規制がかかり、10年以上前のように何十種類もの薬を服用している人は減り、今は多くても10種類くらいの人が殆どだ。
悪質精神医療の悪質さは弱まったが、延命させ問題を遅延させているだけかもしれない。

今の精神医療は壮大な「ミルグラムの実験」みたいなものだと思う。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9F%E3%83%AB%E3%82%B0%E3%83%A9%E3%83%A0%E5%AE%9F%E9%A8%93

御存知の通り、科学的な心理実験と称して、検者を募り、電気ショックを与えるように指示する実験だが。
もちろん電気ショックは精神科病院でも行われているが、脳に与えるので苦痛は少なくとも危険性はもっと高い。

「アイヒマンはじめ多くの戦争犯罪を実行したナチス戦犯たちは、そもそも特殊な人物であったのか。それとも妻との結婚記念日に花束を贈るような平凡な愛情を持つ普通の市民であっても、一定の条件下では、誰でもあのような残虐行為を犯すものなのか」という疑問が提起された。

ミルグラムの
実験は、アイヒマン裁判(1961年)の翌年に、上記の疑問を検証しようと実施されたため、「アイヒマン実験」とも言われた。

誰にそんな残虐なことを指示されているのか、求められているのか?と言えば科学者と言うか精神医療全体であり、精神医療を求め来る患者であり、その家族や学校の先生だったり、社会全体であったり、科学者、医者としての良心と倫理に基づく自分自身だったりするわけである。

むしろ「医学的権威」のもとに、良心や倫理観、現実認識は解離され隠蔽意識となり、奇妙でサディスティックな義務感でやっており、「発達障害」と称して子供を精神医療につなげる教師や親にも感応現象が起こっており、その同調者(共犯者)にもなっている。

ミルグラムの「科学的実験」を途中で拒否したのは宗教家だけだったといわれている。
要するに科学的権威とは別に従うべき宗教的権威があり、それに従ったのである。

精神科医は精神医学的権威に従っているだけで、奇妙な義務感として「精神医療」すなわち薬物療法や電気ショックや時期刺激をやっているだけだろう。
「善意の陰謀」と言われるように、殆どの場合、悪意があるわけではない。
自分たちが権威だと思っているおり、皆が皆同じだし、批判勢力もほぼ皆無。

俺が30年以上前、精神医療従事者だったの昭和の頃はそうでもなかったんだけどね。
「薬で治るわけはないし」「精神科医なんて所詮何もできない哀れなものだ」といった自虐的な人が多かった。
私のような者も受けいられる状況はあったし、若い頃から下へもおかぬという扱いを受けてきたのである。

それから後、精神医療技術が進歩したわけでもないし、精神科医が有能になったわけもちろんない。
学生の頃、2カ月ほど実習で行った病院は、民間病院ではあったが金儲け主義的ではなく割に良心的な病院であったが、当時患者にも職員にも嫌われていたマッド・サイエンティスチックな精神科医が院長になっており唖然とした。
乗っ取られたようなものだろう。

数百万人のユダヤ人を絶滅収容所に輸送する責任者であったアドルフ・アイヒマンも、真摯な義務感で「職務」に励む一介の平凡で小心な公務員に過ぎなかった。
問題はそういう木っ端役人のような者が精神科医のほぼ全てであるということだろう。

私は大学1年の頃、ほぼ引きこもりとなり、精神的の塗炭の苦悩にまみれ、自室に閉じこもってのたうち回って過ごした。
大学2年になってようやく少しばかり立ち直ったのだが、そのきっかけは浪人していた友人たちも大学に入り、私と同じ大学に後を追うように入ったものも何人かいたからである。

そこで、わずかばかりの学問的意欲も取り戻し、ファシズムの研究をしようと思ったのである。友人の何人かもいくらかなりともそういった問題意識があった。
私にとって当初からファシズムとは経済や社会、政治や思想の問題であるより、無意識の社会病理、集団心理の問題であり元々は個人の病理性の問題である。

そんなことを勉強しても無駄だとも思ったが、後々の人生を考えると決して無駄ではなく、むしろまさにやるべきことであった。
そういうものです。若いうちにやったことは何事も無駄にはならない。むしろかならず役に立つ。
これは若い人にはぜひ言いたいことです。

結局、精神病のため本を読む根気や集中力も乏しく、たいした勉強はしないまま一応大学は卒業した。
しかし、卒業の年にこのセルフ・セラピーの基になるセラピーをとある民間療法家に受けて劇的に改善したので、何とか働けるようになり自転車店に就職した。以来40年、今日に至る。

当時読んだ本は以下のようなものです。
ノイマン「ビヒモス」、エリック・フロム「自由からの逃走」、ライヒ「ファシズムの大衆心理」、丸山真男「現代政治の思想と行動」、ハンナ・アーレント「全体主義の起源」、藤田省三「天皇制国家の支配原理」、ハーバーマス「公共性の構造転換」、戸坂 潤「日本イデオロギー論 —現代日本に於ける日本主義・ファシズム・自由主義・思想の批判」、神山茂夫「天皇制に関する理論的諸問題」

使ってはいけない言葉:ムンテラする(Mund Therapie 問診)

【使ってはいけない言葉:「ムンテラする」(Mund Therapie 問診)】

ムンテラとは一般的には「問診」のことであり、「病状説明」という意味で使われることも多いが、「問診」のほうが広い意味なのでそう考えたほうが良いだろう。

元はドイツ語でムント・テラピー(Mund Therapie)の略で、Mund「口」+Therapie「セラピー、治療」だから、口述による治療といった意味のはずなので、使ってはいけないどころか、本来は大いに使うべきであり、やるべきことである。実際に上手く出来るかが問題だが。

しかし、なぜ使ってはいけないと言わざるを得ないのか?

昔、30年近く前にリハビリ系の大学教師をしていた時のこと。
(その頃は医学部ではなく医療技術短期大学部)

臨床実習(インターン)から戻ってきた学生が症例発表をしている時、「ムンテラする」という言葉を得意げに使ったので、叱責したことがある。

使ってはいけないし、やってはいけないことだ、考えるのもいけないと。
俺は優しいし滅多に怒ったりなんかしないが。

専門用語をよく分かっていないのに得意げに使うのは、どの分野でも大学の1~2年位の初学者にはよくあることだ。専門用語は定義が必要であり、使うなら誰にでもわかりやすく説明できなくてはならない。

この場合は、専門用語ではなく隠語だが。飲み屋や寿司屋で客が「おあいそ」などというのは皮肉だ。ピストルのことを警察はハジキと言い、ヤクザはチャカと言うのはドラマの中だけ?
サ変名詞では無いのに名詞に「する」をくっつけることはよくあるし、「〇〇る」などと言うのは便利なので特に悪いとは思わないし、私も割に多用する。

私が叱責したのは、その学生は明らかに「上手く言いくるめる」「適当に言ってごまかす」「事実とは違うことで患者を納得させる」「厄介な患者を言葉で支配する」といった意味で使っており、それが良くないことだという認識もなく、むしろ得意げでさえあったからである。

大学ではドイツ語はやらないし、教師もドイツ語は知らないし使わない。

おそらく実習先の指導者が使うのを真似したのだろうけど、その指導者は他のリハビリ関係者の真似をしたのかも知れないが、元は医者の真似だろう。日本の医療の中で歪められて使われるようになったのだと思う。

もちろん言葉はわかる、伝えるために使うので、問診なら問診、病状説明なら説明と言えば良いわけだが、あえてドイツ語を使うのは「俺はドイツ語も知ってるんだぞ」と言う優越感もあるかもしれないが、ドイツ語だと患者にはわからないからである。
わかってしまえば意図が見透かされ、悪行がバレてしまうのでそれを隠すためだろう。

実際にムンテラと言う言葉を使うかはともかくとして、そうした正確には伝わらない、あるいは誤解に満ちた、悪意が隠されているような、歪んだ言葉を駆使して「診療」するのは精神科医の得意分野である。

医者になった当初はそうでもないのかもしれないが、精神科医になって何年もしないうちにたいていの精神科医は「ムンテラ」の達人になる。

専門的な臨床能力はちっともつかないどころか退化して、精神療法どころか診断能力は甚だしく未熟なまま、というより誤解だらけのまま強化してしまう。
医者のレベルの差でもあればまだ良いのだが、どの精神科医も同じようなもので、どこの精神科病院や心療内科に行ってもちっとも埒は明かない。

患者が話しても結局の所、うんざりさせられるだけで患者もやる気がなくなり、病気の人というよりも障害者化する。それ以前に、精神医療、ひいては精神療法が無駄どころか反治療的なもの、有害なものとなってしまう。

医者は患者を上手く納得させたと思っていても、実際には納得していないことが殆どである。精神病患者だけでなく、認知症患者であっても。
逆に事実に基づいてわかりやすく言えば、理解に乏しいように見える患者でも割に納得してくれる。

肝心の、病気の原因や要因やその背景など、実際に病気に関することで治療に必要な情報は精神科医にとっては不要なのだろう。
要は、薬の副作用だろうが、(常用量)離脱症状、も後遺症も何でも元々の患者の脳の病気のせいにしてしに、それに対してまた薬を処方するということをやっているだけだ。

結局の所、話しても無駄だ、医者には話は通じない、ということになり、ひどい「医療」をやっていても、患者から文句も出ず、訴えられるなどの問題にもならない。

患者もそれで納得してしまうか、そうでなければ、話をするのも諦めてしまう。
結局の所、疾病について、自分についての洞察・理解も進まないどころか、隠蔽しごまかしてしまう。

精神科の診療は決して希望を与えず、絶望もしくは諦念を与える。多くの場合それが患者にも自覚されず当たり前になってしまい、悪質精神医療の擁護者、支持者にさえなっている。
そういう人の声はでかくてまかり通ってしまうが、他の患者にも社会にも有害だ。

ハッキリ言って現状の精神科医の仕事は素人でも少し学習すればできるし、何なら簡単なマークシートを読み込めるコンピューターと薬の自販機でも十分間に合う。その方が良いかも知れない。
標準的な処方や、薬の組み合わせの禁忌などは正確にデータとして入力しておけば。

医者はちっとも話を聞いてくれない。5分どころか3分も診療しないと不満を持つ患者も多いが、時間がたっぷりあったとして、話を聞くとしても世間話程度にしかならない。
世間話ならまだマシだし有用性もあるかもしれないが。

知らない人が多いかと思うけど、精神科医はカウンセリングや心理療法の学習やトレーニングをしていないのが普通で、そのようなことをやってるつもりの人も多いが殆どの人は不得手でやる気もない。

一般科でも検査や画像などのデータや所見を元に、自分の知識と照らし合わせて診療するだけで、患者の話をよく聞いて理解しようとしない医者が多い、というか殆どかもしれない。

先日も喉の違和感があり、紹介状を書いてもらって耳鼻咽喉科に行ったが、鼻のこと(アレルギーはある)のでそのことばかりで、どういう違和感か?などとは聞きもしない。

結局、効きもしない薬を処方するのだが、前に服用したことがあるけど効果は無かったとは言えなかった。

内視鏡で見たのに喉のことには全く触れないので、こちらから聞くと「何でもない、キレイなものです」と言うだけ。

喉頭がんの心配などはなさそうで、とりあえず安心したが、それでは問題は解決せず、もしかして食道の方に何か問題があるかと、不安は解消せず気になってしまう。

基本縦割りだから、仮に食道などに問題があっても、その医者は何の関係もないことになる。

というわけで、ムンテラとは本来は大いに使うべき言葉だが、とりあえず禁句にした方が良さそうだ、という話です。

竹内結子さん、三浦春馬さん、芦名星さん、藤木孝さん、木村花など有名人の自殺

【竹内結子さん、三浦春馬さん、芦名星さん、藤木孝さん、木村花など有名人の自殺】

竹内結子さんという女優さんが自殺で亡くなられたそうですが。

三浦春馬さん、芦名星さん、藤木孝さんなども最近自殺しています。濱崎麻莉亜さんというネット番組のタレントも自殺したばかりです。女子プロレスラーの木村花さんも自殺しましたが、ネット上のバッシングが原因とも言われています。

私はテレビは見ないし芸能人にも関心はないのでこれらの人については知らないし、関心もありません。歌手の頃の藤木孝さんは少し知ってた。

もう少し前になりますが、西岡恭蔵さん、加藤和彦さん、井上大輔さん、加瀬邦彦さんも自殺しました。

グループサウンズやフォークは好きだったので、これらの人はけっこうよく知っていました。

岡田有希子さんという有名なアイドル歌手か1986年に自殺していますが、彼女のことも私は知りませんでした。ちょうど精神病院に就職したときだったのでニュースはよく憶えていますが。あまり人気はななかったようですが、岡村有希子さんというたった一字違いのアイドル歌手は知っていました。

この曲が印象的だったからで…、この人は死んでませんよ。念の為。今でもローカルで活躍なさっているようです。

ちょっと音痴だしリズム感も良くない。これじゃ売れないな。バンドのリズムもなぜか乱れている。当時は私も音感もリズム感もが悪すぎたのでわからなかったけど、爺になっても感覚は鍛えれば良くなるのだろうか。

貧乏タレントの上原美優さんも自殺しましたが、彼女のことも知らなかったのですが、たまたま本屋で「貧乏タレント」という本が積み上げてあるのを見たので、こういう人もいるのかと思って手に取り、少しだけななめ読みした時に、この人は危ないかもしれない、何が危ないかはわからないけど、と思っていた矢先だったのでちょっと驚きました。

「ウェルテル効果」だったか、岡田有希子さんが自殺した年は、前後の年に比べて、青少年の自殺が3割増加」し、後追い自殺は186人?とも言われています。
1998年、X JAPANのhideさんの自殺のときもそれが問題になりました。

後追い自殺と言っても、影響があるにしても彼女が自殺したからファンなども自殺したわけではなく、岡田有希子さんがそんな罪作りなことをしたわけではもちろんありません。

これらの有名人が自殺するとマスコミは安易に原因を探ろうとして、何か目ぼしいところをみつけると安易に結びつけますが…、決して本質的なことにはたどりつかず、触れようともしません。
自殺の主な原因は幼児期からのトラウマ、あるいはレイプなどのショックな出来事のトラウマ、といった過去の影響です。

ウェルテル効果と言ってもせいぜいきっかけで、誘因であっても原因ではなく、背中を押すと言ってもどつくようなことではなく、せいぜい指で押したくらいの影響しか無いでしょう。

最近はこれらの有名人が自殺すると、ネットではニュースや記事の下には免罪符のように「いのちの電話」のリンクを付け加えることになっているようですが…
自殺願望がある人が「いのちの電話」に電話するのは良いのかも知れませんが、「いのちの電話」はずっと前から忙しくなかなか電話がつながらず、最近では絶望的につながらないようです。

それはまだ良いとして、問題は精神科医につなげるということです。

「自殺するような人は何からの精神疾患に罹っている」これは実際にそうでしょうけど…
これらの有名人のうち、どのくらいの人が精神科を受診していたのかはよくわかりませんが、少なくとも半分以上は受診していたはずです。

自殺者の殆どは精神科を受診しており、精神科医といえども全く役に立たないことが身を持って知ったことが、絶望に拍車をかけているはずです。
だとすれば誰が役に立つのか?

加藤和彦さんは「最近、良い精神科医に出会った」と知人に笑って話していたそうですが。昔からの盟友の北山修は精神科医で「完全に不意を突かれた」と言っていましたが、それはむしろやむを得ないことだとは思います。普段から精神科医としては信用が無かったのかも知れませんが、友達ならいろいろ抵抗もあり、相談する対象にもならないでしょう。

もちろん、精神科医と言っても精神疾患が治せるわけではありません。もちろん、自殺を防ぐ方法を知っているわけではなく、薬物なども自殺を防ぐ効果はありません。
もちろんセルフ・セラピーは役に立ちますが、彼らはもちろん知らなし、もし知っても否定・否認するはずです。精神疾患に対する正しく理解がないからです。

精神科医は自殺を防ぐどころか、賦活化症候群(アクチベーション・シンドローム)といって、向精神薬(特に新型抗うつ剤 SSRI)の作用により自殺を増やしてしまいました。

死にたいと思ってもいない人が、電車に飛び込んだり、ルンルン気分でマンションから飛び降りたり、首を吊ったりして自殺してしまう。
殺人などの事件も引き起こし、アメリカでは銃乱射事件も頻発しました。
私は新型抗うつ剤 SSRIが認可される前から、この問題は予測しており、事実そのとおりになりました。

しかし、長らく精神科医は無知もあってこの問題を認めようとせず、我々がさんざんネットに書き込んだりして啓蒙したおかげで、最近になってようやく認めるようになり、精神科医もビビリだしたのと、薬の規制もできたので、向精神薬、を控えるようになってきました。

特に危険なパキシルの売上は激減、既に多くの人が自殺してしまった(二度自殺することはできない)、これが2012年から少しずつ自殺が減った主な要因です。
今は抗うつ剤など同じ種類の薬は2種類まで、などと規制ができて、多剤大量処方は儲からず、患者もだいぶお金を払う必要があるので、一頃のように何十種類もの薬を服用している人は少なく、殆どの人は10種類以内です。

「精神医療はマッチポンプ、ノズルの先からガソリンが」
「向精神薬は毒まんじゅう」
「自殺対策は精神科医抜きで」
「精神科医が自殺対策を聞くのは、泥棒に防犯を聞くようなもの」
などなどの標語が作られました。

今は自殺よりも薬物中毒死の方がはるかに大きな問題です。10年、20年と向精神薬を服用している人が増えたので。

それならばカウンセリング・センターなどの施設を作ってはどうでしょうか?そういうのが無いので、「いのちの電話」なんかもボランティアでやってるわけで。
専業職員が行う有料と、無料のボランティアが行うのと、二本立てにするのが良いかもしれません。予算のこともあるので。心理カウンセラーも淘汰が必要です。
と、いつものように批判ばかりでなく建設的な提案をしてみたり。

素人が行っても精神科医よりはマシでしょう。覚悟を決めて取り組んだら良い。
しかし現行の臨床心理士やら心理カウンセラーなどは不適格です。彼らの役割は、精神科病院や心療内科などの医療機関や精神科医につなげるという悪しき循環論法なので。
「いのちの電話」では医療機関など勧めてはいないはずです。

精神科医も臨床心理士やら心理カウンセラーも、病院も相談機関もリセットが必要です。
もちろん、このセルフ・セラピーは自殺予防にも役立ちます。

「絶望の虚妄なることは、まさに希望と相同じい」 魯迅

「絶望の虚妄なることは、まさに希望と相同じい」 魯迅

それなりに広まっている言葉ですが、これはどういう意味でしょうか?

私は精神病が酷くて本もほとんど読めませんでしたが、この言葉は高校時代から知っていました。友人の家の板書にこの言葉が書かれており、部屋に掲げられていたからです。
「絶望ノ虚妄ナルハ希望ト相同ジナリ」と書いてあった気もしますが、漢詩だったかもしれません。

友人の父親は文学者で、フランス文学やイタリア文学の翻訳なども多数手がけていました。二十年くらい前にベストセラーになった「他人をほめる人、けなす人」という本も翻訳しています。
有名な書家だったか彫刻家の人に彫ってもらったそうです。

これは「絶望が虚妄であるのは、まさに希望であることと同じだ」と言う意味なのか「絶望が虚妄であるのは、まさに希望もまた虚妄であることと同じだ」のどちらだろうか?と長年疑問に思っていました。

前者であれば、「絶望なんて虚妄なんだから、絶望するなよ。希望は(虚妄ではないから)希望を持ちなよ」、とか、「絶望が虚妄だということを知れば希望が持てる」、などと言ったことも考えられます。

後者と考えると、「希望を持つことはイイことかも知れないけど、虚妄なんだから浮かれてはいけない、冷静になるべきだ」、「人間の想念なんて虚妄にすぎない、思いや感情にとらわれるものではない」、といったことなどが考えられます。

しかし、深く深刻な精神疾患に陥った人は、「希望なんて虚妄だ」とは考えられても、「絶望なんて虚妄だ」とはとうてい考えられず、希望は持てないのではないでしょうか。

「虚妄」こそがまさに実体というべきでしょうか?
どちらかと言えば、私はそのまさに「虚妄」を対象にしているわけです。

「虚妄」なんだから無いじゃないか、と考えては何の進歩や解決にもならず、少なくとも「虚妄」には根拠があり対処も可能と考えなければ、私の場合は仕事にもなりません。実際に対処可能で成果も大いに出せています。

要するに「無意識」は「ある」ということにも通じるかもしれません。
無意識のことは子供の頃から何となく無意識は「ある」とは思っていましたが、中学のとき(たぶん)保健体育の教科書に防衛機制のことが書いてあるのを見たり、中学3年の時にフロイトの「精神分析入門」を読んで確信しました。頭では理解していたとも言えます。

とは言え、実際に無意識のことがわかったのは、大学4年の時に元師匠となる人に、このセルフ・セラピーの基になるセラピーを受けた時です。
知識はあってもその時の体験は、眼からウロコなんてもんじゃなかったです。このブログに書いてあることの殆どは、その時に得たことかもしれません。

精神分析に詳しい人でも、もしかすると精神分析学者でも、無意識のことは実際にはわかっていないかもしれません。

私には物質が実体であるよりも、形而上的なこと、メタ・フィジカルなこと、もしくは精神こそが実体であるように思えてならないのです。「実体」という言葉が適切かどうかはわかりませんが。

最近マルクス・ガブリエルが流行っており、物質主義、神経中心主義を批判しています。俺は昔からこれが言いたかったんだ!なんて思いながら読んでいますけど、「私は『脳』ではない」は面白いです。

地下の団結、地上の分裂…チリ鉱山落盤事故から10年

https://news.yahoo.co.jp/articles/369446443d61ddd4dddd56dc40538816d9f86575?page=1

地下の団結、地上の分裂…チリ鉱山落盤事故から10年

【AFP=時事】今から10年前、南米チリ・アタカマ(Atacama)砂漠の地下に2か月以上にわたって閉じ込められ、生還した鉱山労働者33人は連帯と希望のシンボルとなった。
【図解】落盤事故、作業員救出作戦
 奇跡の脱出として世界中のメディアの注目を集めた33人は今、トラウマや病気に悩まされたり、嫉妬や苦い思いによって分裂したりしている。

yahoo!ニュースより

https://news.yahoo.co.jp/articles/369446443d61ddd4dddd56dc40538816d9f86575?page=1

これは記事としては示唆に富む良い話だ。
やはり素晴らしい団結を以って貴重な経験を乗り越えたのに、やはり今はトラウマに苦しめられているそうだ。人間そういうものだ。
トラウマとその克服法について知ることは当事者だけでなく、それをとりまく家族や業者などなどすべての人にとって必要なことである。それが誰でも健康に幸福になるためには必須のことである。

彼らが「薬で良くなる」なんて誰が言えるか!
せいぜい、さらに大きなリスクを抱えながら苦悩をごまかすだけ。
薬物依存症になってしまった人もいるに違いない。

もはや恐怖にさらされているわけではなく、終わってから苦しむ必要はないのに。記憶のリアリティとはそういうことだ

おそらく、閉じ込められた不安や恐怖によるトラウマよりも、救出されてからのお互い傷つくような体験や周囲の者の対応の方が、さらなるトラウマの倍力装置となったはずで、英雄的な貴重な経験さえ台無しどころかマイナスになってしまう。
だからこそ友情や協力、団結や思いやりは大事であり、継続が必須だがそれはいかに難しいことか。
「継続は力なり」

ものごとがまだ理解できない幼児なら、不可抗力による事故などは、周囲の環境が良ければ修復機能があり、さほど大きなトラウマになるわけではなく、その経験が活かせるものだが。当人が憶えていなくても無意識に。

やはり生存にも関わるようなトラウマ、要するに家庭環境だが、これといった出来事はなくても病因になる基本的なトラウマになる。暴力、遺棄といったいわゆる虐待ではなくてもだ。
そのことがわからない精神科医は多いと言うより殆だろう。

すべての人にとって、私の提唱するセルフ・セラピー、精神疾患の自己治療法はどんな人にとっても大いに役立ちます。
自慢でも何でもありません。古今東西そのようなものはなかったはずです。
ヨガや瞑想、座禅や〇〇療法は、全く無効ではなくとも大した効果を上げられたことはありませんが、そこまでやるだけでもほぼ不可能です。

セルフ・セラピー研究所

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河井あんり、河井克行、公職選挙法違反で起訴される(河井案里の声と表情)

河井夫妻を2900万円の買収罪で起訴 地元議員らの刑事処分は見送り 東京地検
https://www.tokyo-np.co.jp/article/41174
東京新聞
私は政治学科出身なのに、現実政治のことや法律的なことには疎いので、そういった方面のことは書けませんが、かなり悪質な選挙違反事件のようです。
河井克行は広島出身でSさんの同級生だそうです。かなり性格も悪く、パワハラを繰り返したり、評判も悪いようです。なぜ、そのような人物が選挙に当選するのかよくわかりませんが、余程人材がいないのでしょうか?
政治家になりたがる人は多いと思いますが。

河井案里は(自称)適応障害で、なんだかそのことがけっこう得意げです。
精神科医に診断名もつけてもらったのかも知れませんが、あの雅子さまと同じ病名だからでしょうか?
回りが悪いから適応が困難と思っているのでしょうか。あるいは自分が皇族のように特別な地位や立場にあると思っているのでしょうか?
自分は繊細だとでも思っているのか、図々しいという自覚はなさそうです。
事件が問題になってから、向精神薬の過量服用、オーバードーズで倒れ、搬送されたようです。

不当な非難を受けたので、そのストレスで病気が悪化したと思っているでしょうか?
殆どの人の頭には「自業自得」という言葉が浮かんで来そうです。
普通に考えると、適応障害なら環境を変えるべきで、国会議員は大変だろうしストレスも大きいし、最も向かない仕事のはずで、辞めるべきではないか?
その前に、政治家をなろうとすること自体おかしい、と思うのでしょうけど。
皇族なら辞めたり、仕事を変えるわけにはいきませんが。

もちろん薬でよくなるわけはなく、適応能力を向上させるのが治療のはずです。
ストレスと言っても国民に対する重責のプレッシャーではなく、自分の権勢拡大や自己保身の負担だろうし、不適応は社会に対する甚だしい勘違いや非常識、人間関係の問題などでしょう。
もちろん悪いことをする人は精神的に不健康ですが、本人は無意識の罪悪感があるはずで過度な自己正当化もその裏返しでしょう。
適応障害と言うには二重三重の矛盾を感じてしまいますが、やっぱり悪いことはすべきではないですね。


2~3カ月前に、この事件が問題化したときに、ニュースを見ていてビックリしたことがあります。
河井案里が国家に出てきたとき、マスコミや報道関係の記者が彼女に群がり、ぶら下がり詰め寄っていましたが、問いかけをを無視し、一言「その話はまたね、いずれゆっくりと」と穏やかな声で返しました。
それが効力をなしたようで、記者たちもそれ以上、追求することはできない様子でした。

えっ!声が良いじゃん? 悪質な犯罪者声には聞こえない?
周囲も騒々しいし、映像の音質も良くないので、わかり難いのかもしれません
それで他のニュースも探して見ました。
広島県議時代に県議会議長の不正を追求し、辞任を迫る場面です。
これは言いがりで、難癖をつけただけだったようで、不正を働き辞任すべきは、河井あんり自身でしたが。
やはりかなり悪質な声ですが、一見穏やかで柔和な感じでありながら厭味ったらしく、これはかなり訓練しているはず。

調べてみたら、母親は声楽家だそうです。
やはり本人もかなりトレーニングさせられたようで、歌も得意で、河井克行は彼女が「天城越え」を歌うのを聞いて惚れ込んだようです
政治家は説得力を保つ必要があり、発声のトレーニングをするのは当たり前だろうし、大学の雄弁部なんかに属していたりします。私の出た大学にも雄弁部があり、総理大臣やら有名な政治家も輩出しています。一度だけ模擬演説を聞いたことがありますが、口先だけかよ…

政治家の多くは張りのある通る声ですが、悪声自体はなかなか直りません。
声はごまかせませないのです
私は電話を受ける時、殆ど事務的な話しかせず、予約の日時や名前を聞いたするくらいです。それだけでも、相手の無意識のこともよくわかり、どんな性格で、どんな症状で、治療の先の見通しまでわかってしまいます。
もちろん、そんなに具体的なことがわかるわけではありません。
先入観を持ってはいけないのですか、第一印象は大事です。むしろ冷静に聞くと的確なことがわかるのです。

声が催眠術になっており、その催眠を分析するといろいなことがわかる。
サリヴァンは
「verbal therapy 言語的なセラピーはない。あるのは vocal therapy 音声的なセラピーだけで ある。」
「精神医学的面接とはすぐれて音声的( vocal)なコミュニ ケーションの場である」と言い、「trainingの声」と「desireの声」を聞き分け、それを患者にも意識化させ、セラピーに活用していたようです。

Empathyは、共感、感情移入、他人の気持ち・感情を理解すること、といった意味で使われますが、カウンセラーや臨床心理がこの言葉を使うのは、高慢な感じがするかも?
専門家というほど、できることもないのに。共感したような言い方だけは得意ですが。
「理解もしてないのに共感できるのか?」「安易な言葉だけの共感はいらない」「共感するなら銭とるな」などと思う人もいるかもしれません。

サリヴァンやフロム=ライヒマンはむしろ、感情や感覚に入ってくるもの、影響するもの、と考えていたようです。
そこを分析すると、相手の無意識もある程度読めるし、いろいろなことがわかります。
こうしたことは、他の人も言ってるのでしょうけど、私としては自分独自で発見したつもりです。
河井案里の声も直接聴けば、かなりのことがわかると思いますが、かなり高度なトレーニングを積んでおり、演説など聞いている分にはごまかされるかもしれません。
「言葉でウソはつけても、声で嘘はつけないません」
だからと言って、必ずウソを見抜くことはできませんけど。我々は刑事や検事と違って、まず相手を信頼する仕事なので。
しかしですよ。
誰しも思うことでしょうけど、彼女の顔はどう見ても悪人顔、犯罪者顔です。
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週刊文春より
見ただけで気分悪くなり健康を概してしまいそうです。
表情を見ただけで悪い催眠になるのです。目つきなんか特に、目があっただけでも脳に影響が入ってきます。
もちろん可愛くて健康的で性格も良い人なら良い催眠になるので、むしろ見つめていたいですが。
おそらく声をトレーニングでつくって、外面ばかりをとりつくろってきた分、無意識の精神の悪質さは声よりも表情に出てきてしまうのではないでしょうか?
どちらかと言えば、やはり男は女の外見に惑わされますが、彼女の場合は悪質さ、不健康さがモロに顔に現れています。
人の容姿のことは言うのはよくないかも知れませんが、やはり、外面だけをとりつくろうことはできないものです。
彼女は可愛いとも言われることがあったようですが、今となってはとうてい信じられません。
しかし、中高生の時や若い頃の彼女の写真を見ると、そう言われることもありそうな感じです。
河井あんりのサイトを見れば出てきますが、いかにも優等生を自認しているような感じで、自己中、生意気、高慢さなど、性格の悪さはよく出ていますけど、そんなに悪質という感じでもはありません。
彼女も、小さい頃の写真は、やはり普通の子供に見えます。
顔面崩壊し犯罪者顔になったのはやはり最近で、参議院選挙に勝ってからです。その前の広島県議時代はそれほどでもありません。
どんな人でも子供の頃は素直で、良い心を持っており、外見も可愛いのです。
しかし、主に家庭環境の影響、親の接し方、育て方の影響で心の癖、神経の使い方の癖がついてしまい、それが表情にもなり、筋肉の付き方にもなるものです。
遺伝的にはせっかく美人に生まれても台無しになる人もいます。
女子高生くらいでも恐ろしい顔をした人もいるし、もちろん可愛い子もいます。
歳をとってもチャーミングでステキな人もいるし、鬼婆のような人もいます。
やはり声も顔貌も精神の健康さ、不健康さを表しています。
人間、顔形はともかくとして、誰でもある程度、顔を良くすること可能ですが、エステなどでは本質的には変わりません。
声も良くすることは可能ですが、ただボイストレーニングをやっても、内面からの悪声は治りません。
アナウンサーや歌手などはトレーニングを積んでいますが、それでも感じの悪い声の人が少なくありません。私はラジオでニュースを聞いていても声が良くないと消してしまうこがあります。
一概に言えませんが、たいていの場合、患者の親や犯罪者は悪声です。患者さんの多くは悪声ではありませんが、いろいろな人がいますが、やはり声が弱々しかったり、発音が不明瞭だったり、上手く声が出てはいません。
やはり神経の状態や使い方を改善し、精神の健康を取り戻し、無意識の内面から美しくなり、きれいな声になるのが良いです。
当所の提唱するセルフセラピーにはその方法も教授しています。
https://www.self-therapy.info/
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冬のメダカ“うつ病”に着目、「セラストロール」という化合物で改善!?

冬のメダカ“うつ病”に着目 名古屋大などの研究チーム
 名古屋大などの研究チームが、夏は群れで生活するメダカが冬になると他の個体に興味を示さずばらばらに行動し、鬱のような状態になることに着目し、人の「冬季うつ病」の治療薬候補を見つけたと発表した。
チームは、メダカの鬱のような状態が中国伝統医薬に含まれる「セラストロール」という化合物で改善することを発見。吉村崇教授(動物分子生理学)は「人の冬季うつ病も、元の姿は(動物の冬眠のように)冬の厳しい環境でじっとしていること。魚の研究が参考になる」と話している。

西日本新聞 2020/5/23
相変わらずこんなのばかり。
この手の「研究」が上手く行かないことはわかりきっているのに、現れては消え後をたたない。
こんなの出したら他の学問、研究分野なら致命的だろうけど、まかり通ってしまうのが「精神医学」
もはや滑稽を通り越し、うつ病の治療からはますます遠ざかる。
うつ病が治る魔法の薬なんて、100万年かかってもできるわけがない。
その前に、薬では良くならない、治療はできない、失敗だったことを認めるべきである。

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子供のうつ病が増えています!?シオノギ製薬会社

子供のうつ病が増えています!?シオノギ製薬会社
最近また、病気喧伝の対象が拡大し、「子どもにもうつ病があります」なんて宣伝し、被害を拡大しようとしているらしい。

子どもに対する抗うつ薬の治験 シオノギ製薬会社
https://ameblo.jp/momo-kako/page-4.html
シオノギ製薬の治験について(続報)
https://ameblo.jp/momo-kako/page-3.html

もはやここまでくると、被害者も加害者、共犯者だな。無知も沈黙も共犯だ。
最近 me too とか話題になっているけど。
伊藤詩織さんの告発に意義があるのは加害者の山口敬之や、逮捕状を握りつぶして警視庁刑事部長から警察庁総括審議官兼警備局付に出世した、中村格らの名前を明らかにしたことだろう。もちろん自分にもリスクがあり、勇気のいることだ。彼女の言うことが全くのウソだとは到底考えれない。

薬害自殺、薬物中毒死や離脱症状の苦しみを訴えるのは大いに必要なことだが、誰に騙されて被害にあったのか、固有名詞、すなわち特定個人(精神科医)、特定病院、特定製薬会社を明確にして訴えたほうが良いと思う。
名誉棄損と逆襲されるかもしれないが、そこまでやらなければ意味がないだろう。虎穴に入らずんば虎子を得ず。

自分さえ良ければと言う邪な価値観、行動原理が被害を拡大させたのだ。
皆でやれば怖くない、団結頑張ろう!

俺はガキの頃から「うつ病」だったよ。中高年と違ってむしろ軽くない重症な精神病、ホントのうつ病かどうかはともかくとして。でも何万人患者を診てもむしろホントの「うつ病」は俺しかいないようようにも思う。少なくともとてつもない重症だった。地獄の下には地獄があることを子供の頃に知った。
小学校の頃はまだマシだったけどね。勉強はやらなくてもできたし、皆を笑わせるのが得意で友達も多くけっこう人気者だったし、女の子にもモテた。
しかし中学に入ったとたんに重症化した。
きっかけは特にないが、環境の変化かな、最近は中一ギャップとか言うみたいだけど。

もちろん勉強も遊びもできない。運動なんて以ての外だ。でも何とか体育にも無理して参加した。いくらなんでもそんなに惨めな子供は暴力教師からも殴られることはなかった。奴らも人の子である。

もちろん抗うつ剤なんて一回も飲んだことはないし、病院も受診していない。従って向精神薬害の被害者ではない。精神病院に勤めていたことはあるけど。
ガキの頃から向精神薬害について知っていたのだ。
たぶん1969年12月、小学校5年の時だ。大掃除で職員室の廊下を掃除していた。というよりサボっていて、廊下の掲示板を見たら…
「こんなケシの花はありませんが?見かけたら警察に通報してください」というポスターが貼ってあったのだ。ケシの花なら家にも咲いているかも?、でも種類が違うんだろうな…、どうやら麻薬・覚せい剤の原料になるらしい。

その頃は学生運動も終息に向かい、退廃的な雰囲気が広がっていた。
シンナー、ボンド、ハイミナール(過度期の睡眠薬)なんかの薬物も当時の若者に流行していた。裏山で遊んでいたら、カップルがアンパンやってるのを見てしまい、警察に通報しなくてはいけないかとドギマギしたり。当時はマリファナや覚せい剤は殆ど手に入らない。それが何でいけないのか?もちろん向精神薬も同じことだ。

どうやって調べたの忘れたが、家にあったのは百科事典くらいだろうか?新聞なんかもこの頃から読むようになった。
それで麻薬・覚せい剤のことも一応理解したのだ。もちろん向精神薬も基本的には同じ。

俺はこう見えても、ガキの頃は賢かった?と思う。たぶんね。自信ないけど。
「二十過ぎればただの人」と言うけど、俺の場合は「5歳で神童、七つで才子、十を過ぎれば精神病」だ。
俺は医学部は出ていないし、大学は
「♪チョッとココ、♪チョッとココ、♪足りないのは明治♪」だけど。
大学に入ったばかりの頃、浪人中の友達に電車の中で会ったら、
「お前どこ行ってんの?」 「明治だよ」 「明治製菓か?」 「いや一応大学だよ」 「ウソだろ!」 彼は明治も落ちたらしい。
良く誤解があるみたいだけど、(明治製薬ではなく)明治製菓は向精神薬を作り薬害を拡大しているとんでもないブラック企業だ。あんな所、就職するわけないだろ。菓子だけ作ってれば良いのに。

俺はダントツでビリだったが4カ月くらい勉強したら受かった。大した高校じゃないので、現役でMARCHなら羨ましがられる位だった。
俺の所に来た奴には勉強にもやる気が出る、集中できる方法も教えるぞ。

コレでもガキの頃はIQがありえないくらい高かった。教師に「皆は彼の真似をしちゃダメです。彼はやらなくてもできるけど皆はやらなければできません」なんて言われて、見放されたようで悲しくなったな。
精神病でパーになったけどな。アスペルガーとか発達障害じゃなくて精神病だよ。発達上の問題もいろいろあるけど。

この歳まで勉強は殆ど全くやってない。うつ病は怠け病だから仕方がないよ。もちろん怠けたくて怠けるわけじゃないけど。若いころに、やるべき時にやるべきことをやっていないとなかなか身につかない。病気のせいにしちゃいけないだけど。

それでも三十の時、大学教師になった。精神医学はそもそも勉強するものがないし。サリヴァンとか新フロイト派の本なんかは読んだけど、そういうので勉強したわけではなく、自分の見方や考えを確認するために読んだだけだ。他の本やらも同じ。
悪いけど田舎の大学の医学部教授なんてバカばっかりにしか見えなかった。地頭は俺の方が良いはずだし。たぶん。自信ないけど…
その大学もいろいろと医療事故を起こして問題になっているので、御家取り潰しになってしまうかも?今は国立大学じゃなくて法人だし。つぶしてもイイと思う。

これでも高慢はいけない、謙虚じゃなくては、と心がけているつもり。
自慢しているわけではない。
子供でも明らかな事実を捻じ曲げるな!ということだ。
少なくとも精神科では。医者も患者も業界も。それでは専門家どころではない。
近年は医学部が大ブームで、底辺医大も難しくなったようだ。東大とか慶応はどっちかと言えばやや落ち目。底辺出身でも医者にはなれるということらしい。
でも医学部も医者も、多すぎるんで減らさないといけない。もちろん製薬会社も。
そんなの支える金なんてない。精神科は人々を害すること甚だ多いし。他の一般科でもそうした問題は大きい。

医療が何とかしてくれると思うから健康に気遣うことも疎かになり、医療依存も高くなる。
今どきのガキに将来何になりたいか?と聞くと、殆ど医者と答えるらしい。他にはユーチューバーとかトレーダーとか。サッカー選手とかゲームの会社の社長とか言うガキは殆どいないようだ。

医者に非ずは人に非ず、驕る医療は久しからず。
俺は医者じゃなくてリハビリ出身で、今は民間療法家だよ。念のため。
若い頃の俺は何になりたいのかさっぱりわからなかった。ずっと今まで。やりたい職業もない。もちろん会社員は論外。だから、誰もやらないこと、できないことをするしかなくなってしまった。
というより、自分の精神病を何とかしないと、どうにもならなかったのだ。廃人だし。

学校だけは行ってた。人には迷惑をかけないように、それは徹底して心がけてきた。当時は不登校とかニート引きこもりなんてジャンルはない。今はそれが役割と言うか職業みたいになってるけど。専業不登校、専業ニート・引きこもり
義務教育は義務だ、軍隊よりはよほどマシだと思ったのだ。行かなきゃ家族と殺し合いになってしまうかも。軍隊なら殺し合いと言うか殺されてしまう。もちろん殺人はもっといやだ。

働くのも嫌だし、もちろ精神病院に入るのも嫌だし、薬もヤバいが電パチなんてクワパラクワパラ恐ろしや、考えただけで身の毛がよだつ。
というわけで何とか首も吊らずに苦しみあがいて生きてきた。結果的にはミイラがミイラ取りになったわけである。

でも良かったよ。そのまま優等生なら、今頃は精神科医になって患者を殺しまくっているのかもしれない。進路は文系理系いろいろ考えたが、医学部だけは選択の範囲外で、医者になろうとは露ほども思ったことがない。
話しはズレたが…、というよりズレまくっているが。

国際的な大資本製薬会社は、もはや日本は相手にしていないだろう。
日本でのパイロットスタディーを元に、欧米以外の諸国に向精神薬を売り込み、薬害を拡大させ行くだろう。陰謀論に与するつもりはないが。
ホーキング博士が言うように、これからは資本主義そのものが脅威となるだろう。
天才ホーキング博士「3つの大予言」人類にとっての真の脅威とは?
「人類にとっての脅威は、ロボットではなく資本主義」
https://news.infoseek.co.jp/article/zuuonline_184053/

俺は昔からサヨクでも何でもないが、ガキの頃から資本主義は大嫌いだ。天才ホーキング氏が言うことを、ガキの頃から言ってたところが俺の神童たる所以だろうか?あっ!自慢しちゃいけないね。

病気でないものを病気にして、薬漬け有害医療を行い、ますます悪化して、他の病気も併発すれば、病院も医者も製薬会社も儲かるし感謝されるし尊敬され、依存せせざるを得ない。それが資本主義的には最も成功したビジネスモデルであり、目指すべきところである。
人間は基本的には理性的存在であり、そんなことは例外だ、そういう弊害は政治的に対処すれば良い、それを民主主義で修正すればよい、などと言うのがかつての資本擁護論者である。

しかし格差社会が問題だと誰もが思ってももはや修正はできない。資本主義は民主主義よりもはるかに(見えない)ファシズム、(独裁というより衆愚支配)と融和性がある。むしろこうした問題が資本主義の本質であることを俺は子供の頃から見抜いていたのだが、そんな奴は大人でもいなかったような…?
精神病は脳の病気ではなく精神の病気、PTSD心的外傷後ストレス障害であることを理解し、向精神薬の薬害についても見抜いていたのも神童たる所以だろうか?自分じゃ当たり前としか思ってなかったけど。

しかし、被害がここまで拡大するとは思ってなかった。医者も患者もバカばかりじゃないし。でも俺が思ったよりも遥かにバカだったということなのか?。こんなこと恐ろしくてとても言えないよ。と思いつつ書いてるけど。

俺も日本を相手にするつもりはない。多国籍製薬資本の横暴、アヘン(向精神薬)世界大戦、ファシズム精神医療と、独力で抵抗し断固戦うつもりだ。それが若い頃からの夢だし。
アジア、アフリカ、ラテンアメリカなど貧しい地域の傷ついた人をも救える精神医療は俺の手中にしかない。俺が発見したわけじゃないし、俺が凄いのではなく、治療法が凄いのだが。

昔からの友人にそんなこと話したら「暗殺されるぞ」と言われたけどな。
イイじゃないか。ジョン・レノンやゲバラ、トロツキー、ガンジーらに連なることができたら光栄だ。
そうそう人生長いもんじゃないし、この世にたいした未練もない。病気で何年も苦しんで死ぬなんてまっぴらごめんだ。

というわけで、もはや被害者も被害を訴えなければ犯罪の片棒担ぎ、無知も沈黙も共犯と言わざるをえなくなりつつある。
「精神医療批判は国民の義務」と井原裕氏(獨協大学精神科医)も言っていた。義務は果たさなければならない。
向精神薬害、精神医療過誤に対抗するつもりがないなら、病気喧伝に加担し、むしろ被害を日本だけで拡大させ、炎上させた方がイイのかもと思ったりする。
江戸時代の火消しが、まだ火がついてない周辺の建物を倒壊させ炎上を局限し、延焼拡大を防ぎ、被害の最小化を図ったように。
そうすればいずれ社会的大問題となり、世界に被害を拡大させることは防げるかもしれない。世界史的な利益を考えるならその方が良いはず。日本より世界が、現在より未来が大事だ。

誇大にして非現実的、過激なことを言ってるようだが、精神医療問題について認識がある人にはわかってもらえると思う。
とりあえず金がないのが困ったもんだ。
ご理解、ご厚情、ご支援賜りますようお願い申し上げます。
うつ病、神経症、パニック障害など短期で改善できる、薬を使わない安全な短期治療法

いつわり、ごまかし、気休め、まやかし、のないセラピーを提唱し指導しています。

独自に開発した催眠を使った、うつ病、神経症等、精神疾患PTSDの短期治療法です。
・神経療法 (という言葉は普通はなく、実際に他にはありません。神経の状態を無害、安全に改善。)
・催眠療法 (催眠を使うので催眠療法を称していますが、一般のまやかし催眠療法ではありません。)
・精神分析的精神療法 (新フロイト派の流れを汲む)
これらを統合した安全で確実な治療法を行い、無害で有効な精神神経の健康法を指導しています。
もちろん有害、危険性の高い向精神薬は使いません。
本当に改善したい方のみ、マニュアルを購入して下さい。。

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小学生の列に車で突っ込んだ女性に「無罪」判決、居眠り運転??

小学生の列に車で突っ込んだ女性に「無罪」判決、裁判所はなぜ有罪にできなかった?
(弁護士ドットコム)
https://www.bengo4.com/c_1009/n_7145/

検察側は、危険運転致傷罪が成立しなかったときのために、「眠気があったのに運転を中止する義務を怠った」として、予備的に女性を過失運転致傷罪でも起訴していたが、「眠気があったことは立証されていない」「運転中止の義務が生じていたか疑問が残る」として無罪とした。
ということである。
こうした問題が頻発することは過去に予測し、このブログでも書いている。
やはりここ数年、こういう事故が増えてしまったが、それに気づいている人もいるはず。
司法からすると無罪という結果は妥当ということになってしまうのだろう。

文面の通りとすると明らかにベンゾジアゼピン系睡眠薬ではなく、非ベンゾ系の睡眠薬の作用によるものであろう。
おそらく新型睡眠薬とされる、ベルソムラ、ロゼレムといったもの。
従来の睡眠薬の作用でも、日中眠気が出ることはもちろん多いが、このような事故は少なかった。
眠気がある程度予測できることもあるが、ある程度抗することもできるし、車を止めて休むこともそう難しくはなかったからである。ボーっとしても何とか路肩に止めることはできる。過量服用して車を運転するバカも滅多にいないが、いたとしても大事には至り難かった。

(もう40年以上前から言われていたことだが)我々がベンゾジアゼピン系睡眠薬、精神安定剤の危険性を強く訴え、患者さんや製薬会社・精神科医にもようやく知られるようになり、ここ数年は非ベンゾ系の新型睡眠薬が安全だとして流行っている。
おそらくベンゾのような副作用や危険性は少ないのだろうが(もちろんないわけではなく、まだ未知数の面が大きい)どうも、眠けを感じてもいないのに、急にコテンと寝てしまう危険性が強いようである。
この事故のように人の列に突っ込んだり、いきなり対向車線に飛び込んだり、普通にはありえない重大事故につながりやすい。近年こうした事故が増えたことは、ニュースをよく見る人なら気付いているはず。

したがって、このような新しいタイプの睡眠薬がもてはやされて使用されるようにななった数年前から、我々は警告してきたが、やはり予測した通りこのような事故が増えたようだ。
検察も裁判所も新しいタイプの睡眠薬の作用については知らず、旧来の睡眠薬を想定しただけだろう。

無罪になったのは止むをえないことかもしれないが…、
有罪とすべきはこのような危険性当の注意を喚起させなかった、製薬会社や精神科医だろう。実際には難しいことだが…。
彼らはあまりにも無知であるが無知で済まされるわけではない。

そもそも睡眠薬は不眠症が良くなる薬ではもちろんないし、眠らせるというより意識障害を起こさせる薬であり、気絶させて眠らせるようなもんである。
とりあえず眠れないより薬で眠った方がマシ、と考えるのは人情だがそれが命取りになってしまう。長期服用で命を落とした人も多く、やはり薬物中毒死は増え続けている。

当然、耐性もあり依存性も強く、薬で寝たってまともな睡眠ではなく、疲れは取れず神経には余計に負担をかける。
だんだん効かなくなるので薬の量は増えるし、増やしても眠れず止めるのも大変で、止めると余計に眠れなくなる。一年半も寝ていないという人を診たことがあるが、もちろんボーっとしたりはするのだが、まともには寝られないということ。

ちなみにその患者は医師で、ストレスたまって眠れなくなり、睡眠薬なんて危険ではないかと知り合いの精神科医に聞いたそうだが、もちろん答えは「今の薬は安全」それを信じて服用したわけだが、安全というのは飲んでもすぐに死ぬわけではない、ということ。やはり身体の病気もいくつか併発してようやく睡眠薬のせいだと気づいて断薬した次第。

眠れないのは眠れない理由があります。ストレスの要因となっていることに対処する必要があり、なるべく原因に近いところから対処する必要があります。
子供の頃はバタンキューでコテンと寝ており、授業中に眠くなるなんてなかったはず。子供だって大変だけどね。授業中の居眠りは、ほとんどの人は中学か高校から。この頃から不眠になる人も増える。

殆どの場合、不眠は寝られないのではなく、寝るべき時に寝られない、日中眠くなる、寝てはいけない時に寝てしまう、というのがほとんどで原因は心因であり、脳の病気ではありません。
良い眠りにつける方法も教えます。
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うつ病患者が自殺に至る最大の理由は、抗うつ剤~ほとんどの医師は知りつつ処方

うつ病患者が自殺に至る最大の理由は、抗うつ剤の処方 ~ほとんどの医師は「服用すれば何倍も自殺企図の可能性が増える」と知りつつ処方~
『やはり、医者は“死神の使い”だ…』
https://shanti-phula.net/ja/social/blog/?p=143687

かこさんのブログ
「抗うつ薬の隠された害」
https://ameblo.jp/momo-kako/entry-12334975994.html
「ベンゾジアゼピンは死を招く」
https://ameblo.jp/momo-kako/entry-12336100206.html

我々は昔から抗うつ剤SSRIの危険性については知っており、ネットでも警告してきたが、精神科医が知るようになったのは、せいぜい10年位前からだ。
アメリカではSSRIは日本より10年近くも前に処方されており、すでに自殺や衝動行為促進(賦活化症候群・アクチベーション・シンドローム)のことは知られており、かの国は訴訟社会なので訴訟が頻発し、特に危険性が高いパキシルが槍玉にあげられていた。

そのため、せっかく巨額の費用をかけて開発したSSRIは売れなくなり、販路と収益を失った「死の商人」製薬会社が日本に売り込んできた。
この圧力にお役所側も屈してSSRIは認可され、製薬会社、宣伝会社により「うつ病キャンペーン」が行われ、「うつ病」受診服薬ブームとなり、特に危険性の高いパキシルは爆発的と言ってもいいほど売り上げた。
当然のことながら、我々の警告通り1999年から自殺は急増、それまで2万人以下だった自殺者数はそれ以来3万人を超えた。

2010年頃より、SSRIの危険性がようやく精神科医にも浸透し、急激に売り上げは低下し、2012年頃からようやくわずかながら自殺者数も減少してきた。
アメリカではちょくちょく起こっている銃乱射事件などの衝動行為も増え、あまり知られていないが日本でも、虐待なんかする母親じゃないのに子供を殺した、とか、爺さん婆さんが孫を殺した、なんて一昔前ならありえない事件も時々ニュースになっていたが、覚えている人はいるだろうか?もちろんSSRIのお陰である。

もちろん、SSRI売り上げの減少、自殺者の減少は、精神科医や精神医療側の自浄作用によるものではなく、我々識者、篤志家がネットなどで啓蒙し、患者側もようやく理解する人が増えて、精神科医にも訴えるようになってきたからだ。
こうした予測は面白いほど良く当たった(当たり前だが面白くないけど)のは、このブログの過去の記事をみてもわかる通り。
原理がわかっていれば未来の予測も当たるのか当たり前、事実を捻じ曲げ、その原理を理解しないのが精神科医である。

10年位前の最盛期にはおそらく7~8割の「うつ病患者」がパキシルを服用していたが、今はせいぜい2~3割だろうか?推定。
それに替わって無原則的に処方が増えたのは非定型抗精神病薬であり、多罪大量処方もわずかながら歯止めがかけられるようになったが、当然のこと、向精神薬による薬物中毒死者が鰻登りに増えてしまった。
1998年ころまでは年間数万人だったのがあっという間に20万人を超えて、もう30万人かな?
やはり不審死のほとんどは向精神薬服用者である。

間接的に聞いた話を含めると、私の周囲にも亡くなった人は数人いる。まだ50代以下で私より若い人ばかりだけど。
10年、15年と向精神薬の長期服用者が増えたので当然の結果であり、今後もしばらくは増え続ける。間違いなく。
従って、今は自殺者の増加はさほど問題ではない。薬物中毒死者の問題は数の上からも比較にならない程の大規模である。
実際には不審者の中には自殺者も含まれているので、自殺者現象といっても統計上のことだけかもしれない。

これらのベンゾは、過量摂取による致死性が低い一方で、長期服用による致死性は非常に高いのだ。もちろんそうしたことが統計の対象にはなり難いし、研究もされることもない。研究者の利益にならないことは研究の対象にもならないのである。資本主義だし。

「衝動的な患者の場合には、ベンゾの脱抑制作用により、自傷行為が誘発したり、自殺念慮の行動化を促進したりする。」とかこさんのブログにもあるが、衝動的でない人でもそういこうとがある。
脱抑制症候群というべきか、これはベンゾや抗精神病薬で起こりやすく、新型抗うつ剤 SSRIでは賦活化症候群、アクチベーション・シンドロームが起こりやすい。

ベンゾは旧来の睡眠薬に比べて致死性は少なく、大量服用してもそう簡単に命を落とすことはなく、「死ぬまで飲める」要するに副作用で身体病になって死ぬまで飲める、と言われているがそれは短期のことであって、数か月、数年服用した場合はもちろん致死率は高い。そんなこと医者も製薬会社も調べはしないが。
もう30年も前のことだが、当時バイトしていた精神科病院の医局で、ある精神科医が話していたこと…

ホントに寛解ではなく、治ったとしか思えないほど良くなった患者がいて、自宅で家族と楽しそうにテレビを笑って見ていたのだが、CMでトイレに行ってくる、と部屋を出たら台所で包丁を喉に突き刺して死んでいた、という話。
医者連中は「良くなりすぎると自殺する」なんてジンクスがあるとオカルトみたいな呑気なことを言ってたが、居合わせた俺を含むパラメ・スタッフはさもありなん、当然そうこうことは起こりうるとしか思っていない、なんてことがあった。

昔から我々はこの脱抑制症候群や賦活化症候群に気づいていたが、精神科医で気づいていた人はいたのだろうか?
当時は文献検索などできなかったので知らないけど、検索などする気はもちろんない。

記事では、タミフルが治療効果がほとんどないにもかかわらず、医師はインフルエンザの治療薬として処方していることを指摘しているが…
面白いことがあった。
ある講演会に行ってみたら、この中でインフルエンザの予防接種をした人?と手を挙げさせ(2/3位だった)、次にしない人?(1/3位だった)全体で100人くらい。
そのあとで、この冬にインフルエンザにかっかた人は?、かからなかった人は?
ものの見事に一致していた。もちろん接種した人が罹患している。
人数を数えたわけではないが、数える必要はなかった。
これにはちょっと驚いた。摂取した人の方がかかった人が多いことは予測していたが…
私はもちろん接種していないし、罹っていない。

講演者もやっぱりそうですよね、とサラッと言うくらいで、あまりにも当然のことしか思っていないようだし、聞きに来た参加者もやっぱりそうか、という感じではあったが、たいして驚いたりする様子もなかった。俺はちょっと驚いたけど。
しかし、結果を知っていてなぜ服用するのか?
一部の人が言うには、保育園で勧められるという。お母さんが罹患し子供に移したら、その子供が他の子どもに移すので迷惑だというわけである。
もちろん保母さんの中にも、ワクチンは効果がない、危険であるばかりか、インフルエンザに罹りやすくなるということは知ってる人もいるはずだが、どうしたって「ワクチンは止めましょう」とはならず、「必ず接種しましょう」ということになってしまう。
ワクチンも売れず、インフルエンザに罹らず病院にも行かなければ、資本主義は発展せず困るではないか。

うつ病、神経症、パニック障害など短期で改善できる、薬を使わない安全な自己治療法を提唱しています。

いつわり、ごまかし、気休め、まやかし、のない自己治療法です。
独自に開発した催眠を使った、うつ病、神経症等、精神疾患PTSDの短期治療法です。
・神経療法 (という言葉は普通はなく、実際に他にはありません。神経の状態を無害、安全に改善。)
・催眠療法 (催眠を使うので催眠療法を称していますが、一般のまやかし催眠療法ではありません。)
・精神分析的精神療法 (新フロイト派の流れを汲む)
これらを統合した安全で確実な治療法を行い、無害で有効な精神神経の健康法を指導しています。もちろん有害、危険性の高い向精神薬は使いません。

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末田耕一氏の著書 『「うつ」という医学の「言葉」は存在しない』

『「うつ」という医学の「言葉」は存在しない
ヒロシマで見つけた「無意識の病」PTSDの薬物療法』末田耕一 著
文芸社 (2017/11/1)


著者のサイコドクターSこと末田耕一氏とは一応、面識があり知り合いでもある。
といっても、特に交流らしいものはないのだが。
私の知り合いの精神科医はみんな10歳以上年上で、既に物故者が多い。
長らく精神科医とはなるべく関係を持たないことにしており、年下の精神科医の知人はおらず、もしかすると彼が唯一の知り合いかもしれない。
私は精神科医にケチばかりつけており、今は嫌われているかもしれないけど、これでも若い頃は精神科医に尊敬、とまでは言わなくても、一目も二目も三目も置かれていのですよ。

別に自慢にもならないが。考え方も言うことも昔から変わらないのに。
医療系専門学生の頃も、精神疾患脳病説や薬物療法を批判し、テストにもそう書いたが、精神科関係の科目(医学部の数倍はあった)を落としたことはないという筋金入りだ。(他の科目はずいぶん落として落第しそうになったけど)
ついでに書くと、帯評を書いている清水寛氏とも面識というほどのものはないが、30年近く前に一度お会いしたことがある。当時、私が勤めていた大学の同僚の先輩ということだった。

末田氏には、最初、私が彼のブログを読んで、少々批判めいたメールを出し、それに対して返事が来た。反論と言うほどではなく、特に対立するような内容でもなかったが。
その後、彼が自身のブログで、私がブログに書いた記事についてコメントしていたので、お礼のメールを出しておいた。俺のことを「面白い人」なんて評していた。

それからしばらくして2014年に横浜で日本精神神経学会に行った際に、彼の発表も聴いて、話しかけてみた。お会いしたのはこのときのみ。
そのときに停戦協定と軍事同盟を結んでいる。というのは大げさで、実際そのような話さえも明確にしたわけではないのだが…
以下のような点で合意があったと私は考えており、おそらく彼も同意してくれるはず。

・お互い立場や考え、実践法などいろいろ違いはあるが、基本的には正しい真の精神医療推進派であり、現状の有害精神医療に対しては反精神医療派である。
・(現状の)精神疾患は事実上すべて遺伝ではなく、精神的要因、心的外傷(トラウマ)が原因である。精神疾患は脳の病気ではなくすべてPTSD(心的外傷後ストレス障害)であるゆえ、それを前提に治療する必要がある。
・現状の悪質精神医療蔓延・拡大しているような状況では、お互い対立したり批判すべきではない。
・現状の有害精神医療に対しては、特に協力するわけではないが、それぞれの立場で共に批判し断固戦う。

といったことが合意された内容であると私は解釈している。
ゆえに、ここでも批判や対立点については触れないことにする。
--------------------

読者の皆様は、まずタイトルの意味が分かりにくいのではないかと思うが…。
『「うつ」という医学の「言葉」は存在しない』というのは、
「うつ病」というのは内因性精神病のことであり(末田氏はそれは消滅したという認識)、現在「うつ病」と称されているのは「PTSDのうつ状態」である。

PTSDを否認しこれを誤魔化すためか「うつ」と言うようになったが、「うつ状態」という言葉あるが「うつ」という言葉は医学的には成立しないので、やはり「PTSDのうつ状態」と言うべきである。(ということだと思う)
彼の提唱するPTSDの薬物療法と言うのは、一般の有害精神科医の薬物療法とは全く違うもので、彼が独自に考え実践している治療法である。(ということだと思う)

すなわち
「トラウマの傾聴・共感(ラポール形成)後のSSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬、新型抗うつ剤)SDA(セロトニン・ドーパミン拮抗薬、非定型抗精神病薬)処方」
「トラウマ強化受容療法」 「化学的フラッシュパック誘発療法」
ということです。
この辺を一応、知っておかないと本文もわかりにくかもしれない。
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私にとってはとりあえず、精神医療の歴史や現状については「この本を読んでくれ」でだいたい事足りるので非常に便利な本である。だいぶ体験も違うのだが。今後、私が著作を書く時にもこの部分はかなり端折れる。面倒だし。
自分のふんどしで他人に相撲をとってもらうみたいで、ズルくてセコイので恐縮ですけど。

奇妙になことではあるが…
精神医療過誤・向精神薬害について指摘したり、精神医療、精神科医にケチをつけると当の加害者側の精神科医や製薬会社関係者よりも、実際に被害を受けている患者さん側からバッシングを受けるのが常である。
精神分析で言うところの、抵抗・防衛であり、「ストックホルム症候群」と同様な心的機制によるものである。

精神科医もまた抵抗・防衛を起こしているのである。(誰も治療ができないので)誰も言わない、というか知らないことだけど、抵抗・防衛は良い治療に対しては強く起こるものであり、患者とかかわる他者にも起こることである。
そのへんは前にも書いた。
「なぜ精神医療過誤・向精神薬害が拡大したのか?」
https://self-therapy.info/2016/03/

今は私も精神科医の批判はするが議論などする気はさらさらない。高慢・僭越に聞こえるのは百も承知。
私は末田氏と立場や考えや実践法も異なる点が多いが、精神医療関係者も患者さんもこの本をよく読むことをお勧めする。正しいことは知りたくなくても知った方が良いのである。

精神科医の皆様はこの本や論文(ネットで公開している)を熟読した上で、末田氏の弟子になるなりして、指導や教えを乞いながら臨床経験を積んでいくべきだろう。精神科医の地位や立場、診断権やら薬の処方権やら医者としての権限などを守りたければそうするしかないはず。
こっちとしては話はそれからだ。

なぁに、ビビるこたぁないさ。
前にも書いたように末田氏は、ブログの印象では強面の印象をもつかもしれないけど、優しそうで物腰も柔らかく(物理的にも?)腰の低い人ですよ。(私も口は悪いが優しい人ですけど)
16,000人の精神科医の中でも、弟子にしてくれと言う精神科医は一人もいないみたいだから、今がチャンスです。
堺正章はグループサウンズ全盛期は「向かうところ敵なし」だったのが2年ほどで「向かうところ客なし」になったと言ってたけど、精神医療もそうなるんじゃないかなぁ?と期待しているのだけど。
ブームの頃は後が予測し難いものだけど、希望的観測すぎるか?

いくらたくさん患者が来るからといっても、有害なことばかりやっていれば愛想つかされるのは当然、精神科医がいくら「甘く優しい言葉」で誘って愛想良くしてもね。
末田氏も表立って活動を開始した。私は彼よりもたぶん5歳上であり、来年は還暦を迎えることもあって表立って活動するつもり。彼の活動も大いに励みになる。

自分がいくら正しくても、損するだけのことや、非難攻撃を受けたり、カドが立つだけのことは止めた方が良いと言われるけどな。
一人で何でもできるわけでもないけど、残された時間もそうそうはない。できるうちに伝えることは伝えて残すべきことは残したいと思う。人生は儚いものだ。
人間、生きているうちが全てではないし、狭い日本が全てでもない。自分は自分自身だけのものではないし、現在が全てではなく過去も未来もある。
ご理解、ご厚情、ご支援を賜りたく存じます。
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脳に電極を埋め込み電気刺激で精神病やPTSDを治療!?

2017年11月24日
脳に電極を埋め込み電気刺激で精神病やPTSDを治療する計画が臨床試験へ
『脳に極小チップを埋め込む「PTSDのインプラント治療法』をDARPAが開始 – GIGAZINE
https://gigazine.net/news/20171124-ai-brain-implant-mood-disorders/

全く当たり前のことだが、そんなことして精神疾患PTSDが良くなるわけはない。対症療法としても激ヤバである。

ヤバいって今は良い意味で使うのか?
昔はアウトローの隠語で一般の人が使うような言葉ではなく、現天皇(浩宮氏)が小学生の時に使って、一体どこでそんな言葉を憶えたのか問題になったくらいだが。「マッポが来るぞ!やばいっ」てな具合。

今の「精神医学」や精神科医の考えは、基本が間違っているので、いかに科学技術が進歩しても悪い方向にしか進まない。
そういうことは前にもだいぶ書いた。
精神医学の研究法のご提案:精神科医や臨床心理士の皆様へ
(うつ病、心的外傷後ストレス障害PTSD)

http://68631324.at.webry.info/201701/article_2.html
なぜ精神医療過誤・向精神薬害が拡大したのか?
http://68631324.at.webry.info/201608/article_1.html

うつ病の発症メカニズムが解明された!??
http://68631324.at.webry.info/201608/article_31.html

NHKスペシャル「ここまで来た!うつ病治療」
脳血流の画像診断装置光トポグラフィー・磁気治療法
http://68631324.at.webry.info/201608/article_48.html

などなど。他にもいろい書いたので見てください。
昔から「脳に電極入れて電気刺激で…」とか「首の挿げ替え」なんてことは我々もよく言ってたが、SF話ではなく悪い冗談、怖いもの見たさというか怪談や犯罪話のように、飽くまでブラックジョークで言ってたのだが。
犯罪に関心があったのももちろん精神疾患PTSDの予防、改善の観点からであるが…。

しかし、もしかしたらそんなとんでもないことをするマッド・サイエンティストや、それを支持したり商売にするバカも出てくるんじゃないか?
という不安や恐怖もあり、悪い冗談というより、口にするのも憚られる恐ろしい話とも思いながら、悪い未来の予感を脱ぎ捨てつつ…
そんなことは神をも恐れぬ愚かな行為、くわばらくわばらわなわなわなと、話だけでも青ざめる人や、不謹慎だと真顔で不機嫌になる人も少なくなかったはずだが、今となっては本気で期待する人も多いのだろうか?

そんなことも考えていたので、学生時代に柴谷篤弘の「反科学論」やハーバーマスの「イデオロギーとしての科学と技術」から始まり、科学批判、技術論などにハマったり、エコロジストにもなったりしたが…、若い頃は。そんなこと考える奴は俺しかいないかと思ってたら、優れた人も沢山いたのは若気の至り。
左翼ではなく社会主義、共産主義の幻想はなかったし、ソ連は崩壊するぞなんて言ってもいたけど、ポスト資本主義、脱産業化社会を模索しつつ、(俺は考えるだけ言うだけでなく全く本気なので)その延長で今日に至るわけだが。
バカは死ななきゃ治らない。俺のことだ。
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要は今までの精神医学の進歩、成果を否定するからこんなことになってしまうのだ。
20世紀精神医学の最大の進歩・成果は、脳と精神が不可分一体であることを前提に、精神疾患と中枢疾患を峻別したことであるが、それは一部の人にしか理解されず、共有されずせっかくの学問研究の成果を否定するからこういうことになってしまうのだ。

理解できない、わかっていない精神科医が主流派であっただけでなく、何の根拠もなく「精神病は脳の病気」と大正時代に戻ったような言葉が独り歩きして、精神科医にも患者にとっても正しいことと偽称されるようになってしまった。
俺はたった一人でも正統派である。(独りじゃないけどね)
脳の病気だって薬なんかじゃ治らないのに。

中枢疾患の方は門外漢なので確かなことは言えないけど、
「脳に電極を埋め込み電気刺激」というのはパーキンソン病何かでは適応とされているようだが…、パーキンソン症候群に抗パキ剤はとりあえず、それなりの効果があるものの、余計に悪化する、難治化するとも言われている。
だからこそ、こんなものが持ち出されたりするのだが…。

じゃパーキンソン病はどうするのか?と言われても、やはり門外漢なので困ってしまうが、そういう病気にならないためにどうしたら良いか考えて対策した方が、余程効率的で有効性が高いはずだけど、やはり資本主義なので…。

抗精神病薬の副作用止めのために抗パキ剤を出すのは、昔からの薬漬けの定石だが、えっ本気でそんなことするの!って最初知ったときは驚いた40年前。
もちろん今も同じ、というよりもっと酷い。

でも、精神疾患PTSDの良い治療法はすでにあります。
もちろん精神科病院や心療内科にはありませんけど。

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立憲民主党、菅直人(元総理大臣)さんの奥様と話した。(精神医療過誤・向精神薬害を訴える)

菅直人(元総理大臣)さんの奥様とお話ししました。(精神医療過誤・向精神薬害を訴える)
安部総理大臣の理由なき解散のおかげで、衆議院総選挙が行われることになり、選挙活動が始まっています。投票日は今度の日曜日かな?
私は大学は政治学科なので政治学士ということになりますが、政治には特に現実政治には昔から全くと言っていいほど関心がありません。最近はネットでニュースなんかも見てるので少しは情報が入りますが。
精神医療の仕事に生涯をささげようと決めた二十代の半ばからは、むしろ関心を持たないことにした。政治と精神医療とは全く関係がないわけではないけど、むしろ関りを持たない方がいいと思ったので。実際に関心もなくなり、選挙ももう30年は行っていない。
奥様とは知り合いでも何でもなく、買い物に行くので商店街を自転車で走っていたら、立憲民主党の選挙カーが来ており、「今日は菅直人の奥様も一緒にお願いに来ています」と言うので車の中にいるのかと思ったら…
赤信号で停まっていたら、年輩のご婦人が向こうから話しかけてきた。菅直人氏の名刺をもって「よろしくお願いします」って。「奥様ですか?」と聞くと、そうだということなのでお話しした、というより一方的にまくし立ててしまった。
話した内容は以下のようなこと。
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今の日本で一番の大きくて重要な問題は何だと思いますか?
私は医療問題、その中で特に精神医療過誤・向精神薬害の問題だと思います。前世紀の終わりに「うつ病キャンペーン」が盛んに行われ、そのため重症でも無い人が心療内科、精神科を受診し、服薬するようになった。患者が増えたのではなく、受診者が増えたのである。
その結果、自殺者は約2倍の3万人台に膨れ上がり、電車の飛び込み等も増えた。これは主には新型抗うつ剤SSRIの作用による、アクチベーション・シンドローム(賦活化症候群)の衝動行為である。とりわけ日本ではパキシルの売り上げが急激に増え、一時は精神科患者の殆どと言っても良いほどの人が服用していた。
アメリカではすでにそのようなことは問題になっており、SSRIは自殺だけでなく銃乱射事件などの衝動行為を引き起こし、かの国は訴訟社会なので訴訟も頻出した。そんなの製薬会社にとって痛くも痒くもないが、せっかく巨額の開発費をかけて作った新型抗うつ剤SSRIが売りにくくなり、販路を求めて日本に売り込んできた。
これに乗じた精神科医に動かされて、危険性を危惧して比較的慎重だった日本の厚労省等お役所も新型抗うつ剤SSRIを認可し、NHKなどもこれに乗じて製薬会社や病院の宣伝を盛んに行い、「うつ病キャンペーン」盛んに行われた。これは「史上最も成功したマーケッティングの勝利」である。「うつ病は真面目で良い人がなる」、など聞こえも良かった。
その結果、上述の通り自殺者の爆発的増加。患者は治るどころかますます悪化し、傷病手当、障害年金、生活保護などの社会保障費も大幅に増加してしまった。老人を支えるはずの若年~中年の人が保障を受ける側になってしまった。
2012年頃から徐々に自殺者は減少し、2万人台になった。1.5万人程度でやっと元の木阿弥、精神医療の成果があったというならば多くとも1万人以下にならなければ。
これは主に我々がネットなどで向精神薬の危険性を訴え、患者の一部には知られるようになり、ようやく精神科医も知ることになり、実際に自殺者などが多かったことに精神科医も気づいてビビった結果、新型抗うつ剤SSRI、とくにパキシルの売り上げが大幅に減ったためである。
既に多くの自殺者を出してしまったため、潜在的自殺予備群が縮小したということもある。自殺した人が生き返って再び自殺するなんてことはありえない。
向精神薬の多剤乱用にもようく規制がかかることになってきた。少しずつ自殺者は減っては行くだろう。したがってこの問題はもはや大きなことではない。
では大きな問題とは何か?薬物中毒死である。
前世紀の終わりには数万人程度だった不審死が、20万人をとっくに超えて、もはや30万人以上になろうとしている。もちろん老人の孤独死なども増えてはいるが、そんなに増えているわけではない。むしろ若い人~中年の不審死が増えているである。
この不審死者のうち、どのくらいかは調べようもないが(統計をとる必要があるがそのようなことは誰れもしない)、おそらく少なめに見ても半分以上は向精神薬服用者であるはず。芸能人、有名人もそのような人が何人も出ている。警察の人に聞いたことがあるが、やはり向精神薬服薬者は多いとは言ってた。
先日も私の昔の同級生が薬物中毒死した。年賀状だけやりとりしていた別な同級生から電話があり「〇〇ちゃんが亡くなったんだよね」えっ!何で?「よくわからないけど寝ていてずっと起きてこないので、旦那さんが心配して見に行ったら死んでたらしい」
そんなのすぐにわかる。「そりゃ、うつ病とか称して向精神薬を服用していたんじゃないか?」当然だがやっぱりそうだと言う。あまり薬は飲まない方が…と窘めてはてたらしいけど。
こっちはすぐわかるが警察や医者はもちろんわからない。当然まず疑われるのはご主人である。数日間、自宅からは追い出されて、ビジネスホテルから警察で取り調べ。遺体はもちろん強制的に司法解剖であるが、解剖したってもちろん医者が何かわかるわけではない。トリカブトだのヒ素だのは検出されず、一応ご主人の嫌疑は晴れたが。
しかしやはり毒殺である。毒殺したのは精神科医であると言えるが、当人は「今かかっている病院の先生はやさしくて話もよく聞いてくれる」と尊敬、もしくは好感を持っていたらしい。
病院を受診したのも服薬したのも最終的には本人の意思だから、緩慢な自殺ともいえる。
こんな話、もちろんいくらでも聞いている。不審死、年間約30万人のうち、どんなに少なく見積もっても数万人、もしかすると十万人以上は向精神薬による薬物中毒死である。飯島愛や大原麗子のように、直接的ではないがも最も大きな要因が向精神薬、と言う人も含めると確実に十万人は超えている。
北朝鮮からミサイルをぶち込まれても、そんなに多くの人が死ぬわけではないし(もちろん核や細菌兵器などで多くの人が亡くなる可能性はありうるが)交通事故なんて死亡者は年間数千人だし、他の医療過誤も問題であるがこれに比べれば取るに足らないはずである。
精神医療過誤・向精神薬害に取り組んでもらえれば、大して金もかからず効果は大きいはずで、もちろん健康保険料や税金、社会保障費も大幅に減らすことができる。もちろん国民の生命も守られ健康増進につながる。取り合えず超悪質精神医療だけでも無くなれば…
また、既に問題は「うつ病」ではない。子供を発達障害扱いし、コンサータ、ストラテラなどの向精神薬(覚せい剤)を飲ませて脳を破壊しまくっている。(最初は良く効くんだけどね、覚せい剤だから当たり前)日本におけるアヘン戦争はとっくに始まっている。
--------------------
こんな話を一方的にまくし立ててしまったが、菅直人氏の奥様の関係者にも、うつ病と称してずっと病院に通っている人がいるという。担当の精神科医は「なるべく薬は少なくしていきましょう」と言ってくれているということであったが、もちろん少量でも長期になると超危ない。要するに麻薬・覚せい剤の類だから、多いよりは少ないに越したことはないけど、最初から飲まないのが一番良いと言っておいた。
話が長く一方的にまくし立ててしまたったためか、他の選挙活動家も割って入ってきたので「精神医療過誤・向精神薬害問題に取り組んでください!ご主人の菅直人さんや枝野幸男代表、他の党員・議員の方にもお伝えください。そうしてくれるなら私もこの際、立憲民主党に大いに期待します!
と言ったら、奥様も他の応援員の方も頷いて、「わかりました。ありがとうございます」と腰の下まで頭を下げて、大きな声でお礼を言ってくれた。話は通じたはずだが、わかりましたといっても「お前が言いたいことはわかった(けど何もしない)」(政治家の常套句)なのかどうかはわからない。
私は「期待します!」と大きな声でハッキリ伝えたが、支持しますとは言っていない。もちろん精神医療問題に取り組んでくれるなら大いに支持する。立憲民主党ではなく、自民党でも共産党でもこの問題に取り組んでくれたら大いに支持する。
期待していいかどうかわからないけど、偶然にも向精神薬害・精神医療過誤のことを伝える機会に巡りあえたことは私にとっては幸機であり、ここに皆さんにもお伝えする次第であります。
※追記
前述のように私は政治には関心がなかったのでよく知らなかったが、ネットなどで調べてみると、菅直人氏は厚生大臣時代に薬害エイズ問題では功績があったらしい。図に乗ったのかO157問題ではズッコケて、総理大臣時代にもいろいろ問題はあったのだと思う。前回も前々回も選挙区では落選し、比例区でかろうじて当選したようだ。
奥様とは従妹同士で奥様は代々医者の家系。要するに菅直人氏は医療問題とは近しい政治家と言えるだろう。
いろいろ問題がある人だとしても、菅直人氏自身の政治哲学であるとされる『最小不幸社会』を目指す熱意だけは信じたい。
やはり敗者復活が許される社会、その機会が得られる社会であってほしい。私の仕事もそのためのものだし、私自身もそのような体験を経ている。
やはり敢えて期待したい!
菅直人、再び立て! 夢と希望をを叫べ! 精神医療過誤・向精神薬害対策を!
すでに20年にも及ぶ大問題であるが、まだ殆どの国民は気づいていない。
これからどんどん拡大するぞ!国が中から潰れていくぞ!
今後は政治家の尻も叩いていくつもり。これはむしろ自分のために。人の尻を叩いて自分が何もしないわけにはいかない。
遠藤賢司 – 夢よ叫べ @ 世界同時多発フェスティバルFUKUSHIMA
https://www.youtube.com/watch?v=0IUymAArT14!


不滅の男 / 遠藤賢司

こちらもどうぞ
東京ワッショイー遠藤賢司

遠藤賢司
https://www.youtube.com/watch?v=gAyulG1AQoo

※この記事を出した4日後、2018.10.25に遠藤賢司さんが永眠しました。ご冥福をお祈りします。中学1年の頃、「カレーライス」のギターを一生懸命まねしたけどなかなか弾けなかった。彼の音楽や遺志も引き継いでいきたいと思います。
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精神医療の利権構造、精神医療薬害被害者の経緯

精神医療の利権構造、精神医療薬害被害者の経緯、こどもの薬害(発達障害キャンペーン)

これはわかりやすくて、よくできた図なので転載させていただきます。一般の人も理解しやすいと思います。元ネタはアリスパパさんのブログ「八咫烏」からです。
精神科 街角牧畜ビジネスの利権構造-ほんとうにこれで良いのか
http://ameblo.jp/sting-n/entry-12187369722.html

マスコミといっても、広告会社やコンサルティング会社が病気喧伝の主導者なのだろうけど。

画像

精神医療薬害被害者は驚くほど同じような経緯を辿る
http://ameblo.jp/sting-n/entry-12187159681.html

画像

こどもを取り巻く精神医療の功罪を考える-こどもの被害チャート
http://ameblo.jp/sting-n/entry-12187659616.html

画像

私もこういう図を描くのは得意だったんで、描いておけば良かったんだけど。面倒なので。
30年前、大学に入職した当時、貯金ゼロなのに100万も出してMacintoshを買いまして。ずいぶんいろんな人の論文や著作の図や学会発表のスライドとか作るのを手伝ったことがあり{ます。
当時はまだロトリングや関数電卓の時代。パソコンはようやくNEC98が出回りだし、DOS/Vやウィンドウズはまだまだそれから後のこと。やっぱりやってないとダメですね。何事も。

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ドーピングの深い闇、向精神薬のもっと深い闇(同じことですけど)

ドーピングの深い闇、向精神薬のもっと深い闇(同じことですが)
スポーツには関心はないが、(一応趣味の自転車や山歩きもスポーツかもしれないけどそれ以外の)この記事にはちょっと関心をもった。
私はスポーツの結果などどうでもよいと思っているので、関心はないのだ。
もっとも運動学的なことやメンタルのことなど、それに付随することに関心がないわけでない。
昔から喧嘩や争い事、競争や勝負事、記録更新など大嫌いである。
柔道の教師にはダンスやってんじゃねぇっ!と殴られた。
運動会も相手が勝ちたいなら勝たせてあげれば良いじゃん、としか思わない。
昔から勉強もスポーツもろくにしたことはない。なるべく逃げるようにしていた。遊びもあんまり。そうせざるを得ない事情もあったが。
負けるが勝ち、勝ってもまた負けるかもしれないし、上には上がある。
最初から勝負しなければ負けることもない。究極の負けず嫌い。
それゆえ、誰も知らないこと、できないこと、やらないことをするしかなくなってしまうのだが。
高校のときに入ったワンダーフォーゲル部では、もちろん記録を出すわけではないがやたら早く登るが至上のようで、ついていけず2カ月で辞めた。
高校にも入って水飲んじゃダメだとか、教師も含めて真面目は良いのだが、面白くないやつばかりだったのでガッカリした。
2流だが一応進学校なのでそんなバカばかりだとは思わなかったのだ。
辞めて欲しければ辞めろと言えばイイのに。辞めるなんて根性の腐ったヤツだ。男じゃない人でさえなし。
そんなのは強迫観念だ。心にも無いことをいうものではない。一応、心にはあるということになるけど。3年会長(天皇)2年重役、1年奴隷
彼らは今もクソ真面目に社畜などやってるのだろうか?そろそろ定年だな。
「何しに山に来てると思ってんだ!遊びに来てるにきまってんだろっ!」
喧嘩というより殺し合いになりそうなので、そんなことは言わなかったが。根性がないのは事実であった。
実際に体育館の裏に武器を用意して辞めた。先輩も察したのか俺なんか辞めて欲しいと思っていたためかコトには至らずに済んだ。続いて他の1年生もぞろぞろやめた。
今でも不思議でしょうがないことがあるのだが。
1年がテントや食料など共同装備は全部背負うので、2~3年は自分の着替えや寝袋、個人用の水くらいで、ごく軽いヒモのナップサックでも済むはずなんだが、我々1年と同じくらいバカでかいキスリングを背負っていた。
一体あれには何が入っていたんだろうか?
まさか羽毛布団とかじゃないよな。普通に寝袋で寝てたし。
(そのころは寝袋ももちろん羽毛ではなく化繊でさえなく綿であった。)
おかげでリハビリの専門学校では山部で楽しくやってましたよ。
可愛い子多かったし、すぐ休んでお菓子食べたり歌を歌いながら歩いたり。
8年前から山登りを再開し、時々のんびり歩いてますけど、最近は自転車に乗ることが多い。楽に走れるサイクリング車を開発中。山には高齢者が多いけど、サイクリングをする人は少ない。
高齢者のサイクリングを提唱していきたいと思います。それも健康づくりの一環。私は医者と違って医療の縮小を目指しているのです。
例によって前触れが長くなったが…
※以下引用 たぶんもう見れないので全文引用 問題あったら言ってね、朝日新聞さん。
朝日新聞弟デジタル
「不公平が大嫌い」 ドーピング批判続ける金メダリスト
河野正樹2016年8月6日00時02分
 5日夜(日本時間6日朝)にいよいよ開幕を迎えるリオデジャネイロ五輪。しかし世界最大のスポーツの祭典には今回、ドーピングの問題が大きく影を落とす。2012年ロンドン五輪の陸上男子円盤投げの金メダリスト、ロベルト・ハルティング(31)=ドイツ=は、現役選手としては珍しく、一連の問題で国際オリンピック委員会(IOC)や国際陸上競技連盟の対応を公然と批判してきた。

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特集:ドーピングの深い闇
リオオリンピック
陸上の日程・記録
 「IOCはスポーツ界に目を覚まさせるチャンスを逃した。気分の悪い結果だ」。条件付きとはいえ、ロシア選手団のリオ五輪出場を認めたIOCの決定に対し、ハルティングは語気を強めた。同じドイツ出身のIOCバッハ会長に対しても、「クリーンな選手の痛みをわかる能力がない人だ」と手厳しい。
 旧東ドイツのコトブス出身。両親も陸上選手だった。当時は国家ぐるみのドーピングのまっただ中だった。母も筋肉増強剤などを強制されそうになったが、15歳で肝臓を悪くして入院したため、ドーピング禍から免れたという。ただ母は、一緒に練習していた友人たちの声色がどんどん低くなり、体が変わっていくのがわかった。選手たちは運動能力への効果は知らされていたが、副作用については何も教えられていなかった。ハルティングは母から「当時は選択の余地はなかった。ノーと言えば全てを失った」と言われた。
 多くの現役選手が口をつぐむ中、ハルティングは批判をやめない。「貧しくて物が無い中で育った。不公平なことが大嫌いなんだ」と話す。昨年8月、ロシアのドーピング問題が次々と報道されても対応策をとらなかった国際陸連に対し、ドイツのチームメートとともに動画投稿サイトで怒りを表明した。「国際陸連は選手たちの意見を代表していないと示したかった」
 動画は一時的に話題を呼んだが、国を越えてほかの選手を巻き込むようなキャンペーンには広がらなかった。「選手たちは怖がって、スポーツそのもの以外の問題に余計なエネルギーを使うことを嫌がる」。選手全体が一体となることの難しさを感じたという。
 女子円盤投げの世界歴代トップ10の記録はすべて、1980年代に、ドーピングが横行していた旧東独やルーマニアなどの選手が自国や隣国で出したものだ。皮肉交じりに「永遠に破られない世界記録」と称される。
 ハルティングは、「例えば、(男子選手の円盤の重さが)最低2000グラムと定められている規定を、2001グラムに変更して、これまでの記録をリセットする方法もある」と話す。ドーピング問題が認知されていなかった時代の記録を見直すことも考えるべきだという。
 自身は、ロシアのドーピング問題を告発した陸上女子の中距離選手ユリア・ステパノワの活動を助けるクラウドファンディングを主導し、ネットで寄付を集める。検査機関が整備されていない国でもしっかり検査できたり、子どもたちを教育する環境を作ったりするために、反ドーピングのための基金を作ることも提言している。「政治やビジネスの世界でも詐欺があるように、スポーツでもドーピングという詐欺を完全に消すことはできない。それでも黙っていることは悪いこと」。リオ入りしてからも、警鐘を鳴らし続けるつもりだ。(河野正樹)
ドーピング問題はいろいろ考えさせられる。
自転車の世界ではアームストロングのドーピングが何年もたってから発覚し、栄誉をはく奪された。彼は選手のとして優れた結果を残しただけでなく、人間性や人格さえ評価されていたが。
俺が自転車競技に関心があったのは小学校高学年から中一位、メルクスの頃だけである。当時は情報が極めて乏しかった。もっとも関心があったのは競技ではなく自転車そのものだ。
向精神薬が良くないのはドーピングが良くないのと同じだと思う。
健康などどうでも良い、結果さえ出せれば人生はどうでも良い、自分の身体を自分がどうしようが勝手というわけではないはずだ。
スポーツ偏重、結果至上主義ならばドーピングは必至、バレさえしなければ良いということになってしまう。
私もやはり「不公平が大嫌い」である。
だったらドーピングを解禁すれば良いのか?みんながやれば不公平ではない?
皆がやっても自分だけやらなければ良いのか??
受験勉強のために向精神薬(麻薬、覚せい剤)を服用するなんてことも、そろそろあるのかもしれない。昔からそういう話はあったけど。米国なんか実際にもあったのか?
もっとも昔は労働のためにヒロポン(一般に市販されていた覚せい剤)を服用する人もいたが、今でもADHD発達障害として子供に同様の薬であるストラテラやコンサータなど児童精神科医と称する人が飲ませている。もちろん効き目はありますとも。覚せい剤なんだから。
ところで向精神薬は病気なんだから仕方がない、ドーピングとは違うと言う人もいるだろう。
身体の病気なら薬物は必要悪という場合はもちろんあるが、向精神薬のメリットはせいぜい目先の効果しかない。
私も向精神薬については100%反対ではないし、誰が何をしようと他人の勝手、他者に迷惑をかけなければ自由だと思う。
末期がん患者にモルヒネなと完全に否定することはできない。それはもう人生終わったようなもんだということが前提だ。
もちろんそうなる前に、病気にならないように、苦しまなくて済むようにすることは大事だが。
そうなってしまって手遅れとしても他にやりようもないわけではない。
要するに向精神薬はドーピングと同じく不公平ということだ。
仮に健康に有害な副作用(作用)や危険性といった薬害問題がないとしても、不公平それだけでも向精神薬を拒否する根拠になると思う。
ドーピングで作った記録は自分の記録ではない。服薬しながらの人生は自分の人生ではない?
実際に何年も服薬した人は、服薬中の自分はほんとの自分ではなかったという人が多い。
10年以上服薬して、奇跡的に薬がうまく効いて副作用や薬害らしきものがない、という人も診たことはあるが、やはりここ10数年の自分は自分ではない、自分の人生ではなかったとだんだんと苦悩するようになっていた。
もっとも10年大丈夫だからって11年目には身体がボロボロになって死ぬ人だって多い。5年は大丈夫だったが7年目には、という人ももちろんたくさんいる。
こういうケースはいかなる統計にも研究にもなり得ない。エビデンスとはそうしたことが前提である。
もちろん精神科医の頭の中にもない。あるのはせいぜい目先の結果、他人の成果は自分のもの、自分の害は病気のせいである。精神疾患の症状も副作用も離脱症状も後遺症も全部患者の病気のせいだ。
話を戻して、人生もスポーツも似ているところが多い。
精神疾患も基本は環境因、心因ではあるが、持って生まれたものが関係ないわけではないし、親だって環境だって自分では選べない。
子供は自分の親を選んで生まれてきた、というのも正しいとは思うけど
実際に自分で親のこと知って選んで生まれたわけではない。
私の親もロクでもない親だったが、母親から聞いたことでわずかながら良いこともあった。
何だか忘れたけど身体の健康のことで不安になり、何か聞いた時のことだったと思う。小学校3年くらい。
「自分の身体は自分のものではなく神様からもらったものだから大事にしなさい」(母親は一応キリスト教徒)
宗教はともかくとして、今となっては現実的に自分のものではなくなったと思う。死ぬまでに世に果たさなくてはならないことがある。
母の教えを守ろうと努力はしてきた。皆様も自分の身体は大事にして欲しいと願ってきました。
んでまた、話を戻して…
スポーツだって人生だって生まれながらの資質や才能も大きいだろうけど。
やはり環境の問題も大きい。運命、運命というべきか。
しかし悪い采配のカードでも、悪い星の下であっても、何とかしていくのがゲームでありスポーツであり人生だろう。
不安も恐怖も抑うつも、精神症状とされるものは誰にでもある。
ストレスやひどく傷つくことも、パワハラやいじめなど社会に生きていればいくらでもある。
程度や状況がそれぞれ違うだけだ。病気にかかるかからないということではなく、不健康の程度がひどいければ病気だというだけのことである。
周りが悪いとしても解決、もしくは克服するのは相手や周囲ではなく自分でしかありえない。自分が変われば周りは変わる。
過去と相手は絶対に変えられないが、自分が変われば少なくとも未来における過去の影響(トラウマ)や、相手の自分に対する対応は変わる。
つい最近まで殆どの人は病院など行かず、何とかやっていただけだ。
何とかならないことももちろん大いにあったが。
患者が増えたのではなく、病院を受診する人、服薬する人が増えただけだ。
自分自身の問題を「何とか克服する」のが治療でもあるが、自分だけではどうにもならない、どうして良いのかわからないことが多い。
その最たるものが、幼児期からの自分が覚えていないようなトラウマであろう。もちろん虐めや災害や犯罪被害などのトラウマもあるが。基本的にはみんなトラウマに屈服して人生を送ってしまう。
だからこそトラウマを克服し健康になるためには専門家が必要なのだが。
他者の指導や援助を受けることは良いことだし必要なことでもある。
しかし薬にも物質にも、人や物事にも依存してはいけない。
精神科医や臨床心理士は自らを救うためには最も相応しくない。むしろ彼らは自分で自分の首を絞める縄を差し出すようなものだ。
障害者は不幸で可哀想、生きている価値がないから殺す。植松聖も精神科医もナチスも基本的な考え方は大差ない。自覚的であるか無自覚であるかの違いはあるが。
禍福は自ら招く糾える縄の如く、災い転じて福と成す。
求めよさらば与えられん。天は自ら助く者を助ける。

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なぜ精神医療過誤・向精神薬害が拡大したのか?(患者側の問題)

なぜ精神医療過誤・向精神薬害が拡大したのか?(患者側の問題)。
精神科医も患者もバカだから、騙し騙されたのか?
そういう面もあるだろうけど、人間なんてそもそも愚かで弱いものだ。
そこから出発するしかない。
アンタかてグーミンやろ、ウチかてグーミンや。ほな・いこか
(ハナ肇、古いなぁ)
本来医療はなるべく原因に近いところから治療を目指すべきだが、近代西洋医学は無自覚に目先の対症療法を目的化させてしまった。
原因と結果の逆転は精神医療においては甚だしい。
「うつ病はセロトニン不足」⇒原因ではなくせいぜい結果の一面だ。
もちろん悪しき資本主義、金儲け主義という面はある。
医療は患者を簡単には死なないように悪化させ、ずっと精神科病院に通わせれば一番儲かるし、最も優れたビジネスであり、その意味ではあらゆる産業の中で医療は最も成功した例と言える。
現代ビジネスは、いかに相手から恨みをかわないように、恨まれても反撃されないようにしつつ、相手から最大の利益を得るか、というのが無自覚に目的化されている。一方では、消費者は自分にとって有利で合理的な行動をするのだから、需要に対して供給し利潤を追求するのは善であるといった価値観が、無自覚な自明の前提になっている。
近代資本主義には常にこうした矛盾や欺瞞を内包しており、その乖離は精神医療において最も甚だしいと思う。
医療訴訟が起こり裁判沙汰になっても医療側は負けないし、負けても損失は僅かで、痛くもかゆくもないし、そもそもコストに織り込み済み、もちろん暴動など起こりようもない。
製薬会社や精神科病院・心療内科に対する焼き討ちなど起こって当たり前という気もするけど、もちろんテロは許されません。
しかし精神医療過誤・向精神薬害の本質は、金儲け主義でも、「陰謀論」でもないと思う。
「陰謀論」なんて昔は左翼の人が言ってたもんだ。若い頃の私は左翼ではなく、エコロジストだった(まだそんな言葉はない)。「自分たちさえ、目先のことさえ良ければというのは最もエコに反する」とか言ってた。(若気の至り)
しかし、なぜ良くなりもせず有害な向精神薬を使うのか?
それ以前にそれが認識されないのか?といったことは、随分長いこと、少なくとも40年以上は考えてきたが、正直なところ未だによくわからない。殆どの精神科医はもっとわかっていないはずである。
もっとも、かつては向精神薬が処方されるのは重症な精神分裂病患者が殆どで、それも良いことだとは思わないが、一部の場合については必要悪という面も認められないではなかった。
優生思想、もちろんそれもあるだろうけど。
精神科医は表に出さずとも前近代的な優生主義の人が多い。自分たちはエリートで優性とでも思っているのか?「医者に非ずは人に非ず、まして患者においてをや」
もちろん一般の人も多かれ少なかれ優生思想を克服・脱却できていないだろうし、そういう面は私も無いわけではないが、それを克服する努力は常々してきたつもりだ。
いつものことだが前置きが長くなっても何だし、他の人たちが言ってることをここで繰り返してもしょうがない。
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ほぼ全方面から反感をかいそうなので、というより仕事に支障も出そうなので、正直、今までブログに書く勇気もなかったんですが、ズバリ言ってしまうと…
精神医療過誤・向精神薬害の本質は「抵抗・防衛」「転移」といったことであると思う。
精神分析的に言えば。
「抵抗」とは…、
患者は意識的、主観的には良くなりたいけど、無意識的には良くなりたくない。良くなることは無自覚に抵抗し拒否する。
「防衛」とは、抵抗と表裏一体みたいなもんだけど。
患者は辛い症状は取ってもらいたいが、自分の病理性はむしろ手放したくない。無意識に病理性を防衛し固守しようとする。
「防衛機制」というのは抵抗・防衛の分類でもあるが、一般的には臨床上というよりその日常的な現われ。これは中学の保健体育や高校の倫理社会の教科書にも書いてあるので、覚えている人も多いと思う。
否認、退行、解離、抑圧、反動形成、分離、打ち消し、投影(投射)、取り入れ(摂取)、知性化、合理化、向き換え(自虐)、昇華、分裂、といいったアレである。
私はこれを教科書に見つけたとき、こんなに凄いこと、役に立つ正しいことを中学生に教えしまって良いものだろうか?教科書会社や文部省はどうなってるんだ!と驚いてしまった。(授業ではやらなかっと思うけど)
文字通り中二病だったので、教科書に書いてあることは勉強する前に疑え、と全く勉強はせず、中学三年でフロイトの「精神分析学入門」を読んだが、中学三年間を通して勉強したことはそれ以外には殆どないように思う。
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当然、患者さん当人は認めたくはないだろうし、反感もあり、反発するだろうけど、主観的には良くなりたいが無意識には実は良くなりたくない。
無意識にあるということは「ある」というだけではなく、意識せずとも行動や結果に必ず現れるということである。
したがって、いくら有害なものでもあっても患者側に精神医療、向精神薬漬けを求める「合理的なニーズ」があったことになる。
「新型うつ病(実際にはディスティミア神経症だろう)」の人に疾病利得感情を見出す人は多いだろうが、そうした人でなくとも患者の多くは意外に病識が無い。
もちろん自分の苦しい症状には自覚しているが、自分の精神の健康や幸福を阻害している本当の理由、要因を認識して理解し、それに対処することを避ける傾向がある。
それは過去の心的外傷(トラウマ)についてもそうだが、現在の自分のあり方についても。
これでは悪しき精神医療、対症療法至上主義に引っかかってしまうのも当然である。
病気の症状(痛みや熱など)は病気の原因でも本質でもなく、痛み止めと解熱剤だけでは患者は死んでしまうかもしれない。風邪のように短期で自然に治る病気ならば、それでもいいだろうし(良くないという話もあるが)、対症療法も必要悪という面は否定できない。
しかし、向精神薬による薬物療法は対症療法としても甚だ有効性に乏しく、もちろん有害性、危険性は高い。
精神分析学の祖フロイトは、真の精神医療を阻害するこうした無意識の要因、心的機制を看破していた。
良い治療があっても、患者の病理性の克服のために有益なことであっても、患者はそれを無自覚に拒否するので、その前に無意識の抵抗・防衛や転移を意識化、自覚・対象化して克服する必要がある、というのが精神分析の出発点であろう。
そのために必要とされた精神分析療法、自由連想法は治療法ではなく、探索法・研究法である。患者にとっても分析者にとっても。
治療はなくとも膨大な時間や労力、お金をかけてもその意義があるとされたのである。実際にそうかもしれない。
従って、多少とも精神分析をかじっている人の中には、精神医療過誤・向精神薬害の原因に抵抗・防衛を見出す人もいると思う。
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ここからは殆ど誰も言ってないのではないか?
基本的な見方や考え方としては既に精神分析の中にもあるけど。
実は治療者側、精神科医にも臨床心理士や心理カウンセラーにも、患者の友人知人など周囲の人(特に親や家族)にも起こる。しばしば患者本人以上に激しく。
これに気づいている人は殆どいない。
患者本人よりも、親や家族、場合によっては親友など周囲の人の方が、自分と他人の区別がついていない人が多い。親離れ子離れは、精神の自立は精神発達上だいじなことだが。
抵抗・防衛や転移は無意識の心的機制であり、患者に起こるものと考えるのが一般的であるが、それはきちんと教育や訓練を受けた精神分析医や心理療法家が適切なセラピーを行っている場合のことであって、実際の精神科医と患者関係の場合はむしろ逆の方がはるかに多い。
もちろん無意識に起こることであるから、精神科医本人には自覚されない。
それ以前に、ほとんどの精神科医は精神分析否定、否認であり、抵抗・防衛や転移といった概念について知識はあっても理解している人は殆どいない。
(この問題についてはまた項を改めて論じるつもりです。)
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上述のような両者の無意識の心的規制によって、ものの見事に患者と精神科医、需要と供給の利害が激しく合致してしまうのである!!
精神科医とて患者を害したくて害するわけではない。少なくとも当初は患者の役に立ちたい、救いたいという思いはあったはずで、主観的にはその後もずっとそうかもしれない。また、精神医療は100%有害というわけでも、もちろんない。
「精神科医は合法麻薬の売人です」なんてブログもあるし、実際にかなり正しいけど、だからこそ患者も精神医療に群がる。
違法性がなくて安ければ麻薬、覚せい剤の類をやりたい人はいくらでもいるのではないか?ちょっとくらいお試しなら。
「覚せい剤やめますか?人間やめますか?」なんてフレーズは知らない人はいないだろうし、とっくに耳タコでも。
脱法ドラッグ、危険ドラッグも蔓延しているが、この手は長い歴史の中でもあとをたたない。
酒は過度でなければ害は少ないが、過度をとっくに通り越した飲酒者が非常に多いのも似たような事情ではある。
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向精神薬害を唱え、断薬、減薬すべしという人も、薬害に気づく患者も多くなった。
しかし不思議なことに莫大な被害を蒙っている患者当人が断薬、減薬に抵抗する。もちろん薬物依存(精神依存)はそのようなものであるが、効果が無く症状は改善せず、ひどい副作用に悩まされており、様々な身体病さえ引き起こしているのに、そういう人が薬物肯定派だったり、減薬・断薬が必要なことはわかっていても受け入れなかったり。
そんな例は数えきれないくらい見ている。
※断薬・減薬の指導をしているわけではありません。(念のため)
もちろん苦しい離脱症状が嫌だというのもあるし、向精神薬のため脳が上手く働くなり判断ができなくなるという理由もあるが、それだけでは説明がつかない。
既に精神科医(加害者)と患者(被害者)の間で、負のラポール、奇妙な相互信頼関係に基づいた主従関係が形成され、ストックホルム症候群のようになっている場合が多いのである。
負のラポールは、独裁者と国民、DVカップルの共生関係、重症なアルコールや薬物依存症者とその妻など,患者と毒親、などに優位、支配的であり、実際に重症患者にはそのような人間関係以外を殆ど知らない人もいる。
ストックホルム症候群とは「誘拐事件や監禁事件などの犯罪被害者が、犯人と長時間過ごすことで、犯人に対して過度の同情や好意、信頼などの感情に基づいた関係形成」のことである。
もちろん、薬を飲まなければ悪化する、医者の言うことを聞かない患者は診察しない、薬を処方しないという脅迫に屈する場合も多い。
背景には医療信仰、薬物崇拝などもあり、「医療」に背くこと、薬物を捨てることに罪悪感をもつ人も多い。
周囲の者だけでなく、友人知人会社関係の人など、殆どの人はちゃんと受診し、精神科医の言うことを聞いて、きちんと服薬して、というわけなので社会的には精神医療過誤、向精神薬害を阻止する要素は殆どない。
これは悪質信仰宗教や悪質セミナーなどのシステム、メカニズムと同様であるが、精神医療問題は社会には殆どその歯止めがない点が大きく異なるのである。
世間を揺るがせた「オウム真理教事件」も対象化、検証・理解がさほどされないまま風化しつつある。
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精神疾患を脳の病と考え、原因となるトラウマを無視、否認するということはどういうことか?
トラウマ-過去の出来事が現在の患者の心を苦しませ続けるということを無視することは、当然のこと心の痛みや苦しみだけでなく、身体的苦痛も無視することになる。
他者の痛みを見たり知ったりすることは、自分にとっても痛みになる。
それが解離しており、自覚されないのである。
いじめ問題も同様である。
普通の人間は虐めの現場を見ることができない。自分が苦痛だからである。
だからこそ、虐めを見て見ぬふりするとも言えるのだが。
しかし、人の痛みが自分の快感という場合ももちろんある。
犯罪者などがその例だが、むしろ他者の苦しみこそが自分が癒されるという倒錯にさえ陥っている。
このような心的機制が精神科医に働いているのである。
電気ショックを行う精神科医はとても嬉しそうで楽しそうであるばかりでなく、使命感にあふれ自分の任務を遂行する戦士のように逞しくも凛々しくもあり、他者も同調する。
話を広げすぎかもしれないが、戦争防止のためには精神疾患=脳病神話を排さなければならない。
病因となるトラウマを無視することは、他者の心の痛みや苦しみを無頓着になり、否認・無視することになるからである。
戦争トラウマの影響は当然のことながら
殺人は孫の代から7代祟ると言われている。
当然のことながら子供は既に幼児期を脱しているからである。
kyupinのような精神科医には首を吊って自殺した人は窒息死、電車に飛び込んで自殺した人は外傷や多量出血で、薬物中毒死は心不全やその他の身体病で死んだものとしか認知されない。本質を理解できないのである。
死亡診断書の死因は本質的な死因ではない。
認知の欠落、認知の歪みを認知行動療法で治せるなら大いにやってもらいたいものだが、トラウマ否認、無意識無視ではハッキリ言って効果はない。
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従って、向精神薬害から逃れるためには、向精神薬に対する理解も大事だし、この世の仕組みを知るのも大事だが、ニヒリズムに陥ってももちろんダメだろう。
何よりも大事なのは、こうした無意識の抵抗・防衛や転移を理解し、克服する意思を持つことだと思う。
もちろんまず自分自身の無意識的行動や考えを対象化し自覚することも大切だが、精神科医や医療関係者の、ひいては世の中の人全体、社会全体の無意識の心理も理解する必要がある。
この視点は反精神医療派の人にも徹底的に欠けていると思う。
殺してしまおう 五つの赤い風船

この歌を初めて聞いたのも中学1年だったか。身につまされた。
先ほど改めて聞いたら、40数年間ずっと思い違いをしていて
「かわいそうけど」⇒「かわいそうだから」殺してしまおう
と誤解していた。
語弊もあるだろうし、多くの人に反感を買いそうだが、気分悪くなさらず読んでいただけ
れば…
(続けるつもりだが)

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うつ病は脳の病気か?「うつ病」の本質、原因は?

【うつ病は脳の病気か?「うつ病」の本質、原因は?】
憶えている人もまだ多いだろうが、2015年2月、川崎市の多摩川の河原で、当時中学1年の上村遼太さんが虐めにより殺害された事件があった。何ともやるせない事件である。
被害者の家庭は母子家庭で、母親は離婚し働きながら5人の子供を育てていたらしい。そのこともいろいろ物議を呼んだ。
多摩川の現場には多くの花束が供えられ、追悼する人も多く訪れて、ゴミの処理も問題になっていた。
主犯の少年も加害者グループではボス格だが、もっと年上の不良仲間に虐められ脅迫されており、家庭では虐待されていたという。
主犯者の子分格の一人は、被害者と仲が良かったらしいが「ゴメンな」と言いながらナイフで切り付けたという。
今一歩の冷静さや勇気と洞察力、判断力があったら虐めを止めらる可能性もあったのではないかという気もするが、彼らもまた幼児期からのトラウマに支配され、集団的な感応現象が起こっていたのだろう。
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ネットでたまたま見た記事なので、詳細は憶えていないのだが…
ある霊能力者の有名人に、相談するという形の記事である。
相談者は被害者や家族とも、もちろん加害者とも関わりはなく、現場近くに住んでいるとかその程度の関係。
事件の報道を知ってからもうだいぶ経つのに、とにかく被害者の少年がかわいそうで、哀しくて辛くてしょうがない、悲しんでもしょうがないと思うけど、という内容である。
これに対して霊能力者の回答は…
悲しむべきではない、それは貴女の自己満足に過ぎない。為すべきことは虐めを無くすための努力、具体的な行動や活動であり、それをせずに悲しむだけでは供養にもならない、といったものであった。
ありきたりの答え、当たり前、常識と言えばそうだが…
現実的には虐めを無くすための具体的な活動が、一般の人にそうそうできるものでもない。
虐めの現場やその兆候を見つけたら介入する止める、それだけでも大人にとっても難しい。教師でさえ見て見ぬふり、それを咎めることさえ難しい。もちろん自分だったらどうか、ということにもなる。
悲しい、辛いからこそ虐め撲滅のために働く動機にもなる、とはいう面ももちろんあるだろうけど…
では、被害者を憐れんだり悼み哀しむだけしかできないなら、そんなことしない方が良いのか、供養にもならないのか??
そんなのは自己満足、というのは被害者に自分を投影しているだけだから??
悲しいことは忘れて、あるいは忘れずとも、前向きに明るく楽しく生きた方が供養になるのか?
あの世や魂がなければ、神の存在を前提にしなければ供養って成立しない?
弔いは不要か、自己満足のためか?あるいは遺族や関係者の癒しのため??
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うつ病の本質、少なくともその一部は悲感哀、罪業感、虚無感といったことであるのに異存はないと思う。
かつて昭和の時代の、うつ病患者(主に中高年)の生活史を調べると、以下のような幼児期もしくは遠い過去の患者の周囲に、大きな悲しみや精神的ショックをもたらす出来事や状況が多くみられる。
パニック障害などの場合は、患者の憶えていない、知らないような遠い過去ではなく、割に最近の出来事が病因の大きな要素であることが多いが、それにしても当人はその意味に気づいていないことも多い。
例えばであるが…
患者本人の少し年上・あるいは年下の兄弟姉妹(となるはず)の人がいたが、病気や不慮の事故に遭って亡くなり、妊娠中、もしくは患者の幼児の頃、母親は悲しみにくれ、その中で幼児である患者の子育てをしたせざるをえなかった、といったケースが非常に多い。
昔は医療も発達していないし衛生状態も悪く、幼児が病気や不慮の事故で亡くなることは非常に多かったのである。
あるいは母親の肉親が亡くなり、ショックに打ちひしがれ、悲嘆にくれていたなど。
もちろん父親の関係者が亡くなったなどの場合もあるが、その場合父親自身の精神が荒れすさんだりして、母親もその影響の中で子育てをせざるを得なかった、といったような場合。
そうしたことが無い場合でも、両親の結婚が悲しい妥協結婚で家庭内離婚状態であったとか、嫁姑問題で激しい確執や葛藤があって、嫁である母親は大いに苦悩したり悲嘆にくれていた場合など。
さらに言えば、そうした問題がなくとも、祖先にそうした問題や事件などがあり、子孫に大きな悲しみや苦しみを残し、患者の幼児期の家族関係に影響していた場合など。
何代も代替わりすれば、おそらくそれなりに忘却され浄化され、それ程の影響はなくなるのが殆どだろうけど。
それでも何代も前のことが、大きな影響を残す場合もあれば、十何代も前(数百年前)の殺人事件がど、うつ病患者の幼児期、家庭環境にも影響し、それが主な原因としか考えられない場合もある。
精神医療には、患者個人のの成育歴、生活史だけでなく歴史的背景を知ることも必要である。
霊障というような先祖代々からの精神的な直接的な影響もあるのかもしれないが。
そうしたことよりむしろ、世代にわたって子供育て方・接し方、家庭環境などを通して、しばしば増幅されて心理的・精神的に連鎖する。(トラウマの連鎖)
このようなことをを示唆したら患者本人も、激しく納得していたことは何度もある。
本人も家系的な問題は知っていたのである。
もちろん、加害者側の場合も被害者側の場合もあるし、祖先ではなくその関係者の場合もある、というよりむしろその方が多いかも…
(被害者のトラウマももちろんあるが、加害者としてのトラウマもある)
「うつ病」を遺伝による脳病としての内因性精神病と考えてしまうと、当然のこと「(非)選択的非注意」により病因となる出来事や状況は見えないし、詳細な病歴をとっていてもその意味が見えることはない。
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霊能力者にはそのようなことが見えるのだろうか?
わかっても対処法はなく、一般に霊能力者が対象にするのは憑依精神病の患者であり、統合失調症やうつ病、神経症なども対象にはしない。
精神疾患の人を対象にしても何ら改善せず、金ばかり取るのはインチキ霊能力者の常套である。
私の昔の知人に、『精神分裂病(統合失調症)もうつ病も神経症も、あらゆる精神疾患は憑依精神病・神経症でもある』、と言う霊能力者がいた。『無意識と心霊現象は同じことを別な見方をしているだけ』とも言っていた。
当初は私はその意味がよく分からず、理解に苦しんだ。
科学主義者、合理主義者というのでもないけど、そういう胡散臭いこと、眉唾ものは大嫌い、根拠のないことをもっともらしくいうのも大嫌いだった。
その霊能力者も除霊をするのは(狭義の)憑依精神病に対してだけで、一般の精神疾患の患者にはカウンセリング、心理療法・精神療法といったことで対応していた。
その能力は「黙って座ればピタリと当たる」というような天才的なもので、精神科医や臨床心理士などとは圧倒的に次元が違う。私も大いに参考にさせて頂いた。
仏教が祖先を大切にしましょう、お墓や仏壇を拝みましょうというのは、もちろん理由のあることだろう。
健康的、幸福であるならば当然のことであるが、そうでないならば…。
したくないのに無理に拝んだり供養するよりも、おそらくしない方が精神の健康、メンタルヘルスのためには良いと思う。
むしろ心から拝めるようになるよう努力すべだろうし、そうなってから拝めばいいと思う。
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話を戻すと、肉親の悲しみがあたかも乗り移ったように、時限爆弾のように作用して、中年期を過ぎて「うつ病」を発症する人が多かったのである。
(私と考え方、見方は全く違うのだが)誰かの言葉を借りれば、遅発性・晩発性PTSD・心的外傷後ストレス障害としての「うつ病」である。
子供のころは発達する力があるので、そうそう問題を呈さず、若い頃はまだ元気でそれなりの適応性・順応性があり、仕事や家庭、人間関係など日常生活が特になく問題なく適応できていれば、その段階では、うつ病に陥るようなことはないが。若い頃から「うつ病」というのはよほどの重症だ。
昔から私は「うつ病」をそのように認識していた。
なぜ根拠のない、もしくは現実に相応しくない過度の悲哀感や罪悪感を持たざるを得ないのか?
生まれて数カ月も経たない子供でさえも、悲しみに打ちひしがれて、傷つき落胆している親を何とかしようとする。慰め、励まし、勇気づけ、癒し、導こうとさえする。
またそれができなくては自分自身の生存自体も危うく、良い発達環境も得ることはできない。親の養育なしに幼児は生きては行けないのだ。
親は幼児期の子供のセラピストでもあり、またそうなければならないが、それよりも遥かに幼児は親のセラピストとしての役割を無意識に果たそうとする。
親に対する子供、すなわち幼児の無自覚、非意図的な「心理療法・精神療法」が効果をを上げ、親も幼児の無意識な努力やその成果を認めつつ、感謝しつつ子育てをしていれば,将来的な問題はそれほど起こらないはずである。
それが効をなさなければ、幼児は無力感に打ちひしがれ、(自分が悪いわけではないのに)あたかも自分が親の悲哀や不安、抑うつなどの原因であるかのように思い込み、かつそれを補償できなかった、親を助けなかった、といった罪悪感、罪責感に苛まれる。
もちろん幼児はそれを自覚するわけではないし、記憶もしていないが、だからこそ無意識に影響し、大人になってからこそ、その影響は発現する。
うつ病の罪業感,自責感・無力感などは過去の(主に幼児期の)親に対する罪責感であろう。またそれを助長するような育て方、接し方を無自覚にしている。
罪悪感、罪責感、(理不尽な)要求に応えなければ罰する、叱責すべきでないことを叱責したり、過度に厳しく傷つて罰する、といった親の抑圧の内面化でもある。親にされたように不適切に自分を罪深い罰せられるべきものと考える。
得てして過保護な親は必要な安心感を与えないし、過度に厳しい親は必要な躾はしないものである。
親が「幼児の親に対するセラピー」を感じ取り理解し、感謝しつつ子育てができれば将来的な問題は少なく、一般的には健康的な親、家庭環境であればそうしたことができているはずである。
多く患者の場合は、親に対する子供の治療(心理療法)は部分的には成功するが、親にはそれを認めてもらえず感謝もされず、そのプロセスで子供は傷つくがその補償もされない、むしろ余計に傷つけられる。
もちろん、心の補償が必要なのであって、物質的なもので代えられるわけではないし、歪んだ愛情の押し付け「姑息の愛」や不適切な過保護はその代替にもならない。
上に述べたようなことが、うつ病に限ったことではないが精神疾患の根源的、本質的な原因、トラウマ(心的外傷)ではないかと思う。
「精神疾患は親を治療する過程で傷ついたトラウマが根本の原因、患者とは傷ついたセラピスト」
「あらゆる精神疾患は逆転移精神病・神経症である」
大雑把にいえば…
【健康に育った人】
 親のセラピーに成果を上げ、そのことを感謝され、発達促進的な養育を受けた子供。
 そもそも親が健康であるために、それほどのセラピーは必要ではなく、子供にとって達成不可能な過大な課題ではなかったという面もある。
【精神疾患に陥る人】
 親のセラピーに失敗し、ある程度の成果を上げているのにそれを認めてもらえず感謝もされず、むしろ恨まれたり妬まれたり攻撃されたり。
 そもそも親が健康的でなく、過大な癒し要求を押し付けセラピストとしての子供の心を破壊し傷つける。
 お前は私を癒し救ってくれないだけでなく、負担ばかりかけた、むしろ親を傷つけたと子供は責めを負う。
 傷ついた子供は大人になって、親を救えなかったという悲哀感、罪悪感、無力感、虚無感といった幼児期の反応に加えてもしくは重なって、青年期もしくは成人期以降のの不適応、ストレスで抑うつ状態など精神の不健康に陥る。
 うつ病の親は普通、虐待はしないが、精神的虐待という面もあり、一般の虐待なども類似の心的機制によるものと思う。
「毒親」と言うが、親もまた病んでおり、そうならざるを得ない背景や事情、要因がある。
親は健康そうに見える場合や、親自身に病識はなく自分は健康という場合もあり、それなりの適応能力を持っているからでもあるが、それは子供の親に対する「治療効果」のおかげである。
統合失調症の原因は?(ある同級生)
悲哀や罪悪感などに苛まれているだけでは何にもならない、それを克服し前向きに生きるべき、というのは治療志向ではあるだろうけど。
精神分析的には、悲しみにくれ、自責の念を持ち続けなければならない、明るく楽しくやっていくのは身勝手だ、不謹慎だ、というのは抵抗であり、自分は悲嘆に暮れ自責し続けねばならないというのは防衛ではあるだろう。
但し、抵抗・防衛には現実的な根拠もありうる。
現在も親によるトラウマ・ストレスが子供(患者)に与え続けられている場合である。そこから逃れることは親を見捨てることになる、実際に親の精神状態が悪化することを意味する。
ネガティブな毒は子供(患者)に向けられなくなると、それは自分自身に向けられ、対処・克服できない親は毒が回って自分自身が病気に陥らざるを得ない。
しかし自分のことは自分で解決し、克服なければならない。人に押し付けて抑圧してはいけないのである。
ちょっと極端な言い方で気を悪くする人もいるだろうけど。
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うつ病の症状は現実的なストレスには対応しておらず、あたかも何も理由がないのに激しい抑うつ状態に陥っているかのように見える。
実は「実存的問題」で激しく悩んでいたりもするのだが。そうしことは普通は若い頃に苦悩するものだが、その頃は「順調に」やっていおり悩む必要もなかった である。
患者がそうしたことを言うことが少ないのは、そうした言葉や表現は持たない(哲学者でも心理学者でも文学者でもなし)、相手に言うようなことではない、恥ずかしいと思ったり、通じるわけはない(もちろん精神科医やカウンセラーにも)、精神的に相手を押しつぶしてしまうのではないか、そうなったら自分も罪悪感に潰されてしまう、などといった理由によるものだろう。
あるいは患者が現実のショックやストレスを被ってはいても、抑うつ症状、悲哀感や罪悪感が現実的には見合ったものではとうていなくなく、その程度をはるかに超えており、全く相応していないほど激しく過大であったり。この場合は、うつ病というより抑うつ神経症、抑うつ反応というべきかも知れないが。
だからこそ、「うつ病は脳の病気」とも言われてしまうのだが。脳の病気で頭が狂っているから悲哀感、罪悪感にとりつかれ打ちひしがれているのではない。
もちろん脳の状態は良くないが、それを脳の病気とするのは医学的には間違いである。
抑うつ神経症というのは良いとしても、抑うつ性障害ともいうべきではない。
過去の(多くの場合、主には幼児期)のことに影響され、精神・神経が反応しているためにそのようなことが起こっているはずである。
ストレスに弱い、打たれ弱い、対応能力が低いのは、やはり幼児期の問題から、発達期に身に着けた適応能力が乏しいからである。
適応性が保てるうちは病的状態とはならないが、幼児期のトラウマと現在のトラウマ・ストレスが重なると発症する。
もちろん、幼児期のトラウマがさほどなくても、現在のストレスがあまりに激しければ、抑うつ反応が起こり、激しい「うつ状態」に陥るし、それも精神疾患ではあるが、本来の「うつ病」とは言えないだろう。
患者の幼児期には、年の近い兄弟姉妹が病気や事故で亡くなることも少なく、まだ祖父母も健在であることが多いし、とりあえず戦争が終わってからもだいぶ時間が過ぎた。
もしくは、そういったことと類似のショックや悲しみをもたらす出来事が少なくなったことが、典型的な「うつ病」の人が減ったり理由ではないだろうか。
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10数年前からの『うつ病キャンペーン』により、精神科病院、心療内科クリニックの受診者は劇的に増えて、うつ病と診断される人も、新型抗うつ剤の売り上げも激増した。
しかし、かつてのような典型的な「うつ病」患者はむしろ殆どいなくなったのは上述のような背景によるものだろう。もちろんショックや悲嘆がなくなったのではなく、世の中の移り変わりとともに人の心も大きく変化したのである。
統合失調症や他の精神疾患の病像変化も似たような事情や背景があると思う。
「新型うつ病」なんて言葉も広まったが、それはうつ病ではなく、抑うつ神経症でさえなく、敢えて言うならディスティミア神経症とでも言うべか。
そういう人は昔から多かったが、「プライド」も高いので、病気扱いされるとむしろ激怒し、だからこそ何とか社会的威信、自己評価は保てるように努力していたはずである。
またそれが可能な社会でもあった。
世の中も人の心も、見方や考え方や価値観、生活様式なども随分違ってきた。祖先やら家系がどうのという人も少なくなった半面、霊がどうのという人も増えたようである。
もちろん、心の傷、トラウマをもたらすような出来事や、その影響が無くなったわけでも減少したわけではない。悲しい事件や出来事が減ったわけでももちろんない。
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誤解してはいけない!自殺者6年連続減少の理由は

誤解してはいけない!
6年連続自殺減少の原因は「うつ病の早期発見・治療」、精神医療のおかげではもちろんない。
例えば借金対策などもいくらかなりとも効果はあったはずだが。
3年前にこちらで予知・明言したとおり。
予測通り、2012年『自殺者、15年ぶり3万人下回る』 その理由、原因は?
自殺が増えたのもわずかながら減り続けているのも、理由はもちろん薬物によるものである。
(抗うつ剤の賦活化症候群、アクチベーション・シンドローム)
98年に新型抗うつ剤SSRIの使用が始まり、「うつ病キャンペーン」により受診者が大幅に増加した。
これも当時、我々は予測していたことである。

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それよりも注目すべきは、薬物中毒死の大幅増加で、これは今後も進んでいく。
子供の重度慢性薬物中毒、廃人もしくは準廃人化も激しく進行している。

発達障害 (1) : 発達障害(誤診)の拡大と混乱
NHK クローズアップ現代 「子どもに広がる向精神薬の被害」発達障害?

自殺者、18年ぶり2万5千人下回る 6年連続減少
2016年1月15日10時27分 朝日新聞デジタル
 昨年1年間に自殺した人は2万3971人(速報値)で6年連続の減少となり、1997年以来18年ぶりに2万5千人を下回った。男性が7割を占めた。警察庁が15日に発表した。
 78年から統計を取り始め、最も多かったのは2003年の3万4427人。10年から減少を続け、12年から3万人を下回っている。昨年は、前年より1456人(5・7%)少なかった。
 都道府県別では秋田、群馬、石川、三重、和歌山、島根、岡山、山口、熊本、沖縄の10県が前年より多かった。人口10万人あたりの自殺者は多い順で、秋田26・8人▽島根25・1人▽新潟24・9人だった。
 統計を分析している内閣府によると、昨年1~11月の自殺者2万2171人の動機(1人につき三つまで選択)は「健康問題」が1万953人で最多だった。「経済・生活問題」「家庭問題」が続いた。東日本大震災に関連した自殺者は前年同期に比べ1人多い22人。県別は福島19人、岩手2人、宮城1人だった。
 内閣府は「全体として減少傾向にあるが、依然として多い。対策を続けていく」としている。(八木拓郎)

どういうわけか、精神医療に限らず医療に関しては朝日新聞は保守もしくは右翼、読売新聞が左派。

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発達障害(3a) 発達障害(誤診)の症例-1、統合失調症の疑い、AD/HD 注意欠陥多動性障害

発達障害(3a) 発達障害(誤診)の症例-1、統合失調症の疑い、AD/HD 注意欠陥多動性障害
こちらの続きです。
発達障害 (1) : 発達障害(誤診)の拡大と混乱
発達障害 (2) : 発達障害(誤診)の病名など
思いつくままにいくつか挙げておきますが、以下のような子供はいくらでもいる。
【その1】中学1年、女子
両親とともに本人も一緒に相談に来た。
不登校と言っても間欠的に学校には行っており、保健室登校や午前中で帰ったりしている。
「そういうのも辛いでしょ?そんなことするよりちゃんと出席した方が楽じゃないの?」と聞くと「もうそういう人だと思われているから、皆もあまり気にしていない。なので自分もあまり苦ではない」という。
今どきは不登校も多いのでそんなもんらしい。
我々の頃はサボるもの「勇気」が必要だったが。
不登校になったきっかけは友人と思っていた人からも悪口を言われてショックを受けたり。
親は普通に話している分には至って普通に見える。ちょっと過保護、心配症、子供依存の傾向はありそうだが。
本人はちょっと美人系、オシャレ系ではある。
気が弱く少し神経質なところはあるが、やはり今時少数派?嫌味のない素直で子供らしい感じの娘である。
同じクラスのやはり美人系だが意地悪な子にライバル視というよ敵視され、ボス的になったその子がクラスメイトを従え、悪口を言ったり仲間外れにしたようである。
いじめではあるが、そう激しいものではなく、いつの世もどこでもありがちな程度かと思われる。
野球部のマネージャーになったが入学早々不登校になったので幽霊部員だという。
そのこともネタにされて「ぶりっコ」などと言われたようである。そう言われるのもわからぬではないが、大人から見れば前述のように嫌味のない素直で可愛い子である。
その位の年代なら男の子にモテたい、仲良くしたいなんて当たり前だが、特にそれを期待している様子でもない。
Lineでも悪口を書かれたりしたらしい。そのため当人はLineは止めたという。
そうすると当然のことながら、自分の知らないところで悪口を言われたり書かれたりしているんじゃないか?、と気になってしまう。
そういったことを精神科医の前で口にしてしまったために、言質を取られた形となり、妄想ということにされて診断名は「統合失調症」だが、なぜかSSRIを服用している。
アホか!もちろん子供じゃなくて精神科医のことですよ。
子供が「統合失調症のような病的な妄想ではなく、本当にそうなのか事実かどうかを確かめてもいないけど、ついついそう思って落ち込んでしまうことかあります」なんていちいち精神科医に説明はしません。
そこまで説明されても、統合失調症にしてしまうのが昨今の精神科医だが。
本人によるとSSRIで少し楽にはなったという「効果」はあるらしいが、もちろん甚だしく危険である。
薬のことなど話していたら、父親も「お父さんも酒止めるから薬は止めよう」と言ってた。
その後「いい先生だし(治療を)受けたいけど、部屋がちょっと汚いし」などと言ってたらしく(神経質ではある)、相談1回だけで治療を受けには来なかった。
そりゃ元気できちんと学校に行くようになれば来ないわな。
てなわけでちょっと話しただけで(お金も取らず)、とりあえず問題解決したりするのであるが、精神科医にかかると本格的障害者(薬害性の中枢神経障害)にされてしまう。
薬漬け、慢性薬物中毒・後遺症で生涯台無しだ。
※統合失調症についてはこちらをご参照ください。
ある同級生のこと(統合失調症)
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【その2】中学2年、女子
当所に相談に来たわけではなく会ってもいない。母親から電話で相談があっただけである。
具体的なことはあまり覚えていないが、やはり上述の子と似ている。
本人は真面目で勉強熱心、成績も良かったのだが、やはりLineで悪口を言われたりして、親しい子もそれに加わったことがショックで、勉強も集中できなくなり、今回のテストの成績もだいぶ落ちたという。それがまたショックで落ち込んでいるらしい。
学校には行っている。
そこで例のごとく、あざとい教師に精神科受診を勧められ、拒否するわけにも行かず受診した。
医者は話もロクに聞かず、というより子供とまともに話もできない児童精神科医で、いきなり薬てんこ盛り、こんなの飲ませても大丈夫かか?などと心配した母親からの相談の電話であった。
「これはエライことですよぉ~これは病気ですよ!発達障害ですよ!統合失調症かも知れませんよ!」
BYルーキー新一

診断名は忘れた。統合失調症の疑いだったか、小児うつ病だったかなぁ? 
聞かなかったのかもしれないが、もちろんどうでもいい。もちろん誤診。
母親もずいぶん心配して落ち込んでいたが、特に毒親でも教育ママでもなく、気が弱く心配症の傾向はあるだろうが、やはり普通の範囲を超えない感じ。 
「精神科医の言うことなんて真に受けちゃだめですよ」「ハッキリ言ってバカだし嘘つきだし」
「んなこと、子供が成長するためにはむしろ必然的なプロセスだよ。」「似たようなことはお母さんもあったんじゃないの?」
「心配症は良くないよ。肝っ玉かあさんでいかなくちゃ(知らねーか)」
「親は距離を置いて離れて見守る位にして、自分のことを楽しくやればいい」「親戚の娘さん、姪御さんくらいに思ったほうが良い。」
などと、こっちも好き勝手なことをまくし立てた。お金も貰ってないし。
本人の心理、学校での状況、母親自身のことや家庭のこと、精神医療のことなど事実を確認しただけである。
うそやまやかし、取り繕いなど、自分を偽り、事実を捻じ曲げることは不安や葛藤、心を不穏にさせ不健康をもらたす。精神科医の得意分野である。(殆ど無自覚にやっている)
母親は随分心配していたが、安心したようですっかり明るくなった。
それだけで本人も元気を取り戻すはずで、学校には行ってるわけだし、そりゃこっちにも来ないわな。
ウチに来れば勉強やる気になったり集中できる方法も教えますけど…
というわけで親と電話で話しただけでも、とりあえず問題解決するわけだが、そのまま受診服薬を続けていたらたいへんなことになる。
障害者化→廃人化、一生台無しだ。
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【その3】小学校5年、男子
診断名はお決まりのAD/HD注意欠陥多動性障害(誤診)、発達障害(誤診)
年齢の割に随分体格は小さく子供っぽく見える。2歳くらい下の感じ。実際にそのように見られることが多いようだ。知的障害ではないが知的にも少し低いようだ。
緊張感が非常に強く、座っていても最初はえらく落ち着かなかった。
初めてへんなオッサンの所に来て、目の前に座らされたということもあるのだが、普段も緊張が強いはずである。
親はまぁ普通のオバサン(失礼)、精神疾患の親という感じはもない。
学校ではその場に不適切な言動があり、KY、空気読めないなどと盛んに言われるらしい。家庭ではそう問題はなく、どうしてもゲームをやってしまい勉強はしないことくらいか。
激しいいじめではないのだが、やはりバカにしたりからかわれたりしている。
そこで本人も怒っても犯行はできないし、というよりむしろ今時めずらしく素直な子供らしい健康的な子なので、それがストレスになり、授業中にも席を立ったり奇声を上げてしまうこともあるらしい。
ついつい耐えられず、手を出してしまうこともあるようだ。もちろん、からかったりするやつのほうが先に手を出しているに違いないが、「空気読める」ので教師や大人たちには気づかれないのである。
そこをまたからかわれたりバカにされたりするので悪循環。
教師からもいろいろ言われたり注意されたりしている。
母親も呼び出されて注意を受け、母親もストレスになる。
学校のことなど、なんでも親に報告などしないほうが良い。それぞれ別の環境であり空間であり小社会だから良いのに。
結局、お決まりのADHD(注意血痰多動性障害)の疑いがあるからと、精神科医の受診を勧められる。
そんなの真に受けたら命取り、一生台無しだ。
しかし、何と!
そのような子があまりにも多いので、児童精神科医の受診は半年待ちらしい。
ゆえにまだ被害も拡大したとはいえ、そんなに激しくはは広がらずとどまっているとも言えるのだが、児童精神科医が増えたらほとんどの子供は発達障害(誤診)にされてしまう。
昔なら「大器晩成」なんて言われるくらいのものである。大器晩成なんて今は死語か?
空気読むなんて本来、子供のすることではない。社畜にでもなってからすれば良いことだ。(良くないか?)
子供は素直で優しくて思いやりのある良い子ならそれでいいのだ。
今の教育や家庭環境は子供時代をすっ飛ばして、いきなり社畜にでもなることを要求しているようなところがある。それも過当競争で。
いつから会社がそんなに偉くなったのか?正社員になるのが夢だとか。
我々が学生の頃は今のニート引きこもりと大差ない、社会に出る前からの社会からの落ちこぼれでさえヤツでさえ「サラリーマンなんかになりたくねぇ」「何が一流会社だ、大企業だ。ケッ!」てなもんだった。
 例によって話がズレたが。(誰のことだ?)
母親はそれなりに本も読んでおり、教養程度には精神発達や心理療法的な知識もあるので、精神分析学的な難しい話も随分したけど(3時間位ぶっ続けで)本人も落ち着いて、真剣に一生懸命聞いている。
正しいことを言えば知的には低くても子供は素直に入ってくるので、難しい話をしても通じるものがある。
「たいくつな話で疲れた?」「…」(首を横に振る)
「難しいけどわかったかな?」「…」(首を傾げて)
「でも、ちょっとわかった?」「うん!」
授業を落ち着いて聞いていられないのは、たぶん教師の教え方が下手で指導力がなさすぎるからでもあるな。
発達障害(誤診)、病気扱いして受診を勧めるなら、むしろいじめる側の子供、というより本来はその親だ。
この場合は、ホントの発達障害と紛らわしいところはある。やはり未熟児で生まれ、かつ早生まれだ。もう一学年下に入ったとすれば、ずっと適応しやすかったはずだ。
知的な発達の遅れがあるといってももちろん脳の病気ではない。
AD/HDと言うならそのものではなくとも脳の障害を証明すべきであるが、もちろん精神科医にはそんなことはできない。
何で脳の病気でないとわかるのか?
実は脳の病気と精神疾患の症状は似てはいてもまったく重なることはない。普通の人間と違うところはないが、問題が拡大している、表面化しているというだけである。
精神科医にはもちろんそんなことわからないが、むしろ神経内科の医者なら(心療内科ではないよ、念のため)たいていわかる。
脳の病気についてよく知っており、中枢疾患の患者をたくさん見ているので。
実は素人目にもパッと見ただけでわかるのだが、精神疾患を脳の病気としてしまうと全てがわからなくなり、まやかしやごまかし、自己欺瞞を言うしかなくなってしまったのが今の精神科医である。
脳の病気であろうがなかろうが、ホントに発達障害であろうがなかろうが、精神科を受診してももちろん治療はできず、向精神薬の服薬では徐々に悪化する。
一時的には良くなったかのように見える場合もあるが、副作用満載、危険であり、徐々に身体も壊して廃人化。当然だが。
ストラテラ、コンサータは向精神薬の中でも覚せい剤に近いものである。
もちろん、てんかん発作でもあれば話は別だが、てんかんは精神疾患ではなく中枢疾患であり、精神科の対象ではない。
※この項、続きます。
 こちらもご参照ください
発達障害 (1):発達障害(誤診)の拡大と混乱
発達障害 (2):発達障害(誤診)の病名など
発達障害 (3b):発達障害(誤診)の症例-2

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発達障害 (2) : 発達障害(誤診)の病名など

発達障害(2)
発達障害(誤診)の病名など
この項は前項の「発達障害(1):発達障害(誤診)の拡大と混乱」の続きです。
発達障害(誤診)では以下のような診断名も良く使われるので、それについて。
児童精神科医が言うことの多くは間違いであり、精神医学に反しておりエビデンスもない。
ウィキペデアなんかを見ると間違いがないわけでもないが、基本的にはほぼ精神医学の定説に沿った記述なので、精神科医の言うことは真に受けず、とりあえずそれを見るのも良いと思う。
【ADHD 注意欠陥・多動性障害】
ネットを見るといろいろ出てくるが、殆どは製薬会社のものかスポンサーになっているものだ。もちろん薬の拡販のためである。
「昔はADHDなんてなかった。そういうのは子供と言ったんだよ」なんて反精神医療派、CCHRの人なんかが良く言ってるけど、元々はある精神分析家の言ったこと、けだし当然である。
しかし、最近は分析家と称する者さえ、発達障害(誤診)の虜である。
これを製薬会社は逆手にとって、ADHDは昔からいたが見過ごされており、既に大人になった「大人の発達障害」がたくさんいるとして、盛んに発達障害(誤診)キャンペーン、病気喧伝を行っている。
ADHDの父と呼ばれる、アイゼンバーグ氏はADHDを提唱したことを、激しく後悔して、2009年に亡くなられたらしい。
『ADHDは作られた病であることを「ADHDの父」が死ぬ前に認める』
http://gigazine.net/news/20130529-adhd-is-made-by-industry/
結果として過剰診断がとどまることなく広がり、子供に対する薬害を広めてしまった。もちろん氏の意図するところではなかったはずだ。
ホントに発達障害「ADHD・注意欠陥・多動性障害」に該当するような子供は全くいないわけではないが、ごく僅かであり、ある種の精神遅滞(知恵遅れ)なので特に分ける必要もないし、もちろん治療法があるわけでもない。
精神遅滞はもちろん多様であり、その子に応じた療育・訓練・リハビリをすべきであるが、精神科医に通う必要はない。
ADHD・注意欠陥・多動性障害なんて精神科医の殆どが知らない頃、30年以上前から私は知っているが、それに該当すると考えられるような人は1人しか知らない。もちろん精神遅滞(知恵遅れ)である。
その後100人位は、ADHDと診断された,ADHDの疑い、自分でADHDではないかと思う、といった人に会ったことがあるが、すべてADHDではない。殆どは敢えて言うなら神経症。
発達障害(誤診)の二次障害とか、「お薬を飲む事で息子さんの頭の中が整理されて、考えがまとまりやすくなる事によって、本人もすごく楽になるんですよ~」なんて児童精神科医に言われると親も逆らえない。
薬を飲ませないことは医療を受けさせない=虐待とさえ考える親もいる。
その頭の中を自分で整理することを身に付けるのが成長・発達というものであり、むしろその学習経験を阻害してしまうのに。
もちろん薬の効果はあっても一時的、長期では逆効果となる。
ADHDと診断される子供は、早生まれが多い(3月と4月生まれでは1年近く発達の差があるのが当然)という調査報告もあるようだ。
ストラテラとかコンサータといった向精神薬を処方されるが、そんなの殆どヒロポン※だろ。
子供をポン漬け、ポン中にしてどうするつもりだっ!
※知らない人も多いだろうから下に注
【アスペルガー症候群】
今世紀に入る前後、インターネットの普及と共に素人の中で広まったように記憶する。2chなどで人を蔑む言葉として。
これに精神科医がだいぶ遅れて追従した。要するに素人ヲタより遅れている。
例によってDSM流の項目当て嵌め方式だと多くの人が当てはまってしまう。まったく○×式は子供のテストだけにして欲しい。
子どもをテストするんじゃなくてお勉強のテストですよ。答えるもの面倒だし採点するのも面倒だから。
要するに高機能自閉症だが、元々は殆ど都市伝説みたいなもので、昔も今もそういう人がいないわけでもないが極々まれである。
前述の自閉症のリハビリの第一人者だけでなく、ホントの発達障害のリハビリをしている知人も何人かいるので、自閉症の話はしょっちゅう聞いているが、アスペルガーなんて20年以上前から聞いたことはない。
○○博士とか□□オタなんてのは男の子なら普通のことだ。私は車好きで5歳以前に、大人の読む車の本を見ていたので相当な知識であった。漢字も結構読めたし。当時は車の絵本さえ少なかった。
今のように情報過多だったらどうだろうか?末恐ろしい!??
車が好きだったのは小学校低学年までで、その後は一時的にバイク、それからサイクリング、登山と順調に成長している??
自閉症の中でもアスペルガー症候群は皆無に近く、そうではない子供、だけでなく大人にも広げてしまった。実際には殆どの場合、神経症的問題であり解離による思考パターンや学習経験の甚だしい不均等、認知の偏り、欠落など。
子供なら特に病気と看做す必要もないが、生涯続いてかつ人生に大きな支障をきたすなら、まぁ神経症(と言えば中らずと雖も遠からず)だ。
当然のことながらDSMからも第5版からは削除されたが、精神科医や教師の頭の中では今も増殖中。
今は自閉症スペクトラム障害ということで特に区別されなくなった。そんなの当り前でDSMだと第3版以前に戻っただけ。昔の専門学校の学生でも知っていた。自閉症児の介助のボランティアをやっていたので。自閉症は多様である。
自閉症も対人関係や認知などある種の傾向や偏りがあるだけで、ホントは精神遅滞(知的障害、知恵遅れ)に過ぎないという説もあり、少なくともそう考えた方が良いだろうと思う。
(ホントの発達障害のプロはそう考える人が多いようだ)実際に昔は一緒くただったし。
ホントの発達障害児、精神遅滞だって多様なのはあたりまえだ。
鬼の首を取ったように得意になって、特徴を数え上げてチェックリストに当て嵌めて分類するのは素人や精神科医だ。
DSMの弊害であり、受検勉強のやりすぎや血液型占いなんかの影響もあるかも知れない。
ミソもクソも一緒はまずいが、分類できないものを分類して分かったよう気になってしまうのも非常にまずい。
【広汎性発達障害】
もともと非常にあいまいな使われ方をしており、今日小児科領域ではあまり使われなくなったようだ。多くの場合、精神的・情緒的問題の大きい精神遅滞、知的障害などに使っていたと思う。
ところが最近は軽症のフツーのオバサンやオッサン(軽度神経症)にまで使うようになった。
最初はお決まりの、「うつ病(誤診)」だの、神経症やパニック障害だったのが向精神薬を服用して悪化、元々の症状も副作用も離脱症状も後遺症も区別がつかなくなってしまう。
気分変動が激しいわけでもないので双極性障害とも言えず、幻覚妄想があるわけでもないので統合失調症とも言えず、服薬で悪化した結果をさらに取り繕おうと悪あがき、薬てんこ盛りにするための苦肉の策として使われるようになり広まったようだ。
【統合失調症(の疑い)】
統合失調症はホントの発達障害でも発達障害(誤診)でもないが、統合失調症と診断すれば、「精神科医は今日も明日もやりたい放題」であり何でもありだ。
発達障害(誤診)というよりも殆どの場合、悪質であり薬漬けも激しくなり電気ショックなどの有害・危険性の高いこともやり放題になってしまう。
発達障害(誤診)は統合失調症(誤診)に対しては多少の歯止めにはなると言う面もないわけではなく、一部の反精神医療派の人が発達障害(誤診)の呪縛・陥穽にはまるのはこうした事情もある。
しかし、発達障害(誤診)でも統合失調症(の疑い)でも、薬漬けで薬害性中枢神経疾患、障害者化されてしまうので、結局の所行きつくところは同じだ。
最初は発達障害(誤診)とされても薬害性の統合失調症様の中枢神経障害になることは、すでに多く報告されており、そういうケースは今後どんどん増えるはずである。
もちろん精神科医にはホントの統合失調症と、薬害性の中枢神経障害の区別はつかず「もっと早く受診して服薬していれば予防できたはずだ」と自己欺瞞・正当化するのであるが。
もっともそれ以前に、コンサータだのストラテラで上がったり下ったり、双極性障害と診断されるようになる場合も多い。当然のことながら常用量離脱も起こる。そんなことをしていれば当然、脳破壊され薬を止めても不可逆的な後遺症が残る。特に子供の場合は大人よりも。
多くの場合は、子供が「皆が自分の悪口を言ってるかもしれない」などと言うと、妄想扱いされて統合失調と診断されることが多い。
子供は言葉足らずなのは仕方がないのに、そこを分かってもらえず言質を取られる。
早期化している事情はあるだろうが、思春期なら多くの人が思うことだ。
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この分野ではやはりものごとは正しく理解し、言葉は正確に使わなければ有害甚だしくなってしまう。
精神科医が今後、薬漬け障害者化の先に目指すところは、薬害を誤魔化すためにも脳内チップ埋め込み電気刺激などであろう。
昔はそんなこと言うだけでも、考えるのも憚れるのであったが。
ふた昔前はロボトミーはもちろん電気ショックも廃れており、精神科医でも大多数は脳そのものを弄るのは反対派が多かった(本音はともかく)。
マッドサイエンティストみたいな精神科医は少数派であり、精神科医の中でもそのような者は嫌われていたのであるが、それが主流派となった。
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しかしながら,発達障害(誤診)が広まるそれなりの背景、もしくは理由、混乱が生じる要因も全くなかったわけでもない。
例えば、超未熟児や乳幼児疾患で昔なら助からず生きていけなかったはずの子供が、保育器の中に入れられて生後数か月も親の直接的愛情や養育を受けることができなかったなど。
こうしたことは旧来の心的外傷とは別質の、オジサン・オバサン以上にはほぼあり得ない、トラウマももたらしていることはある。
家庭環境や親の療育の問題や犯罪被害などのショックな出来事による、いわゆる心的外傷・トラウマとは異なる質を持つものである。
もちろんこの場合も基本的には後天的であり環境因であり、遺伝的・先天的な脳の病気ではないので発達障害(誤診)と言うべきではない。
私の知るところでは「こういう子供なら素人的には発達障害(誤診)と考えてしまうのももっともだな」と思えるケースはすべてこうした事情や背景があった。
こうした子供の場合、知的障害とは言えないがやや知能の遅れがあったり、知的には優れていてもいろいろと偏りや歪み、学習経験の乏しさがある。
ADHDと診断される子供は、早生まれが多いと前にも書いたが、超未熟児だとそれに数か月の遅れと、それプラスその間の発達促進環境の乏しさが加わることになる。
病院を離れて母親の手に返された時を誕生日とするならその差は小さくなるが。
やはり身につけるときに身につけるべきことを身につけないと後が難しくなるのもまた事実である。
幼稚園や保育園、学校などで同じ年齢の子供を集めるのはもちろん理由がある。回りの子が少し年上の子供ばかりだとメリットもあるだろうが、やはりハンデを負いやすく後々まで尾を引くこともあるだろう。
そのようなことはあるのだが、子供ならまだこれからの学習経験が必要であり、療育,教育環境や対応が大事である。
それを精神医療漬け、薬漬けにしたら脳の発達を阻害するばかりでなく、発達・学習経験も奪い元も子もなくなる。
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でも、「子供が精神的問題を呈して本人も周りも困っている例は現実にたくさんあるだろ、どうしたら良いのか?」
発達障害(誤診)と考えず神経症(心因性、環境因、PTSD)とすれば中らずと雖も遠からず、害は少ないとは言える。神経症は精神科の治療対象ではないのが定説である。
神経症とは神経そのものの病気ではなく、使い方や状態はもちろん良くない不適切だとは言えるが、もうちょっと正確に言えば無意識による神経の使われ方がまずい、ということである。
くり返すがもちろん脳の病気としたり、安定剤だの抗精神病薬だのは論外。しかし精神科医はそれをやる。
児童精神科医が行う有害なことはいくらでもあるが、有益なことはほぼない。
臨床心理士や心理カウンセラーなら良いと思うかもしれないが、全く悪いわけではないにしても、彼らの果たす主な役割は、結局の所、精神科につなげるということである。
適切な家庭環境、教育環境において健全適切な対応をすべし、と言うしかない。
家庭は家庭の、親は親の、学校は学校の、教師は教師の本来の役割をきちんと果たすべき責任がある。もちろん社会的問題でもあるが、とりあえずはそこに戻るべし。
教師も余計なことばかりで忙しくなったりストレス多くなっているようだが、無駄なことから解放されて、本来の役割を果たすべきである。
「子供を精神科医に近づけてはならない。
少なくとも今の段階では。
もちろん当所の治療は、適切に受ける意思があればどんな人でも改善できるもので害もありませんから子供でも治療可能です。
対象は今の所、小学校高学年くらいから。
あまり小さい子には向かない治療法ですので、その場合は親が受けた方が良いです。親が良くなれば家庭環境や子供の接し方も変わるので、子供の方も改善が見られます。
※ポン中なんて言葉を知る人も少なくなったので余談ですが。
ポン中というのはヒロポン中毒でシャブ中といった言葉が広まる前に使われていました。
ヒロポンは昭和20年代前半には一般市販薬だった覚せい剤(旧向精神薬)、肉体労働者や看護師など夜も働く人を中心に広まり、薬物中毒が蔓延した。
昭和25年には発売禁止となり、これをきっかけに「覚せい剤取締法」や「麻薬及び向精神薬取締法」が施行された。
私の知人は戦後間もない小学生の時にポン中になり、中学生の頃、コレはヤバいと気づいたので、のたうち回って死に物狂いの苦しみを乗り越え短期で断薬し、発売禁止になってから闇で仕入れて売りさばき、極貧なのに大儲けした金で高校に進学できたという。
そうした経験があるので向精神薬についても熟知していた。
その頃の高校進学率は今の大学より少ない位。何とも隔世の感あり。
こちらもご参照下さい。
発達障害 (1):発達障害(誤診)の拡大と混乱
発達障害(3a) 発達障害(誤診)の症例-1、統合失調症の疑い、AD/HD 注意欠陥多動性障害

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