なぜ受験コースを敢えて提唱するのか

【なぜ受験コースを敢えて提唱するのか】

私が受験勉強を奨励するかしないかと言えばどっちでもあります。

・もう科学技術の発展はこれ以上必要ないのではないか?
・AIだの何だのは人を幸福にするか?社会を豊かにするか?
・勉強も科学技術も人間を疎外する。(のではないか?少なくともそういう面はある)
・ガリ勉だの競争だのは、中国や韓国その他の国に任せて、日本は本当の「先進国」を目指すべきではないか?
・差別、抑圧や階級社会、格差拡大はけしからん。競争社会は大嫌い。
 ますます世知辛い世の中になってしまうぞ。
・もはや学歴社会ではない。(これは皆が言ってる)
・これからの時代、知識の蓄積が役に立つわけではない。
 (これも皆言ってるけど…)
・精神科医など受験勉強のやり過ぎで頭がパーになったのではないか?
・高学歴の人にも視野が狭い人が多い。偏見もあるだろうけど特に医者
などなど、否定的なことばかり言ってるし。

だからこそ、避けられないなら(避けるという道も大アリだと思いますけど)
・効率よくなるべく時間をかけず楽しくやった方が良い。
・青年期の通過儀礼としての意味はある。
・人間、目標がないとなかなかやらないものである。
 目標を自分でつくって達成するという体験も必要
・精神的なプレッシャーに耐えつつ克服する体験も必要
・後々、様々なことを知るための認識の枠組みみたいなものはある。
・どうせやるなら、知識ではなく事実を知り理解して、他のことにも役立つようにしよう!
などなど、とも思いますけど。

でも、それだけなら私が受験勉強のことを言う必要もないと思います。

和田秀樹という精神科医で受験勉強の専門家もいるし。
彼は中々良いことも言ってるし、精神科医としても割にまともな人だと思います。精神科医の活動は実質殆どしていないようなので。

それでも敢えて、受験コースを提唱するのは…
・やる気、根気、集中力など大幅に改善、向上させる方法を知っている人は、私以外にはたぶん誰もいない。
・受験に役立つだけでなく、精神の健康、生涯の幸福に役立つことを教えることができる。これも実質、私以外には殆どいないでしょう。
・それは善を目指すことでもあり、人類、社会、世界、未来に貢献することでもある。
・これからの未来を担う若者たちをサポートしたい。
・この治療法を後世に残したい。
ということです。

他にも書きましたが、その方法は精神疾患の自己治療法と同じです。
したがって受験コースと言っても、マニュアルの販売、相談・施療指導と提供できることは同じです。患者さんと受験生を区別する必要は基本的にはありません。
「受験コース希望」と書いて頂ければ、簡単なリーフレットをオマケしようかと思ってます。気が向いたらね。
もちろん、実際に相談・施療指導にいらした方にはなるべく個々人に合わせた指導をします。

実績もあります。
実際には私自身は殆どと言っても良いくらい、勉強はしたことがないです。
私立文系の大学に行くときは3~4カ月くらい、医療系専門学校(競争率が高くけっこう難関)に行くときは1~2カ月かそこらしか勉強はしていませんが、短期で大きな成果を上げた実績はあります。
一応、文系も理系の勉強もしているし、多少とも体育(運動学)や音楽の勉強もしています。
勉強らしい勉強はしていない、というよりできなかった主な理由は子供の頃から精神病になったからであり、能力的にはともかく、広い意味では決して勉強嫌いではないかも知れません。
医療系国立大学の教師も10年以上の経験があり、多くの学生を見てきました。入試の担当委員もしていたことがあり、採点に関わったり、センター試験だけでなく、試験監督も随分やりました。そういうのは皆、やりたがらないので。

何よりも、長年セラピーをやって不登校などの患者さんの治療に大きな成果を上げ、成績も全く振るわなかった生徒が、難関の高校や大学に行ったり、勉強など手につかず殆どやらなかった人がやるようになった、といった実績は数え切れないくらいにあります。
これだけの実績は他にはないはずです。

他の理由としては、あまり馬鹿正直に言うものではないかもしれませんが、お金を稼ぐためです。
この自己治療法を今後世界に広めるためは、多少とも資金は必要であり、それ以前に私の生活も成り立たなくはなりません。
とりあえず受験という目先の利もあれば、求めてくる人も少なからずいるだろうと思うので。

というわけで、受験コースを提唱し、受験勉強についてもこれから書いて行きたいと思います。