ここで触れるのは、精神医療過誤、精神科医の職業上、医療上の犯罪ではなく、刑法上の一般的な犯罪のことである。
「精神科医の犯罪を問う」というブログがある。
http://blogs.yahoo.co.jp/kebichan55
数年前に
「精神科医の(刑法上の)犯罪は多いし、両者全く関係がないわけではないが、これと精神科医の職業上,医療上の犯罪は別に考えるべきではないか。」といった書き込みをしたところ、このブログの主宰者に怒られたことがある。要は、決して別モノではない、精神科医は犯罪者である、といったようなこと。
このブログ主がどういう考えかはあまり良く知らないが、反精神医療の一部の人には以下のように考える人もいるようだ。
精神医療の目的そのものが、患者の健康を害し死に至らしめるなど、犯罪的なものである。
良い人が精神科医にはなれないし、なろうとも思わないはずだ。
なってもやっていけるわけはないし、辞めるのが当然である。
そもそも精神疾患などは存在せず、精神科医がつくりだしたものに過ぎない。
精神医学、精神医療そのものが犯罪である以上、当然これを廃絶すべきである。
しかし、私はこうした考えに与しない。少なくとも基本的な考え方は随分違う。
私の周囲の精神科医は良い人が殆どであり、少なくとも友人・知人は皆、良い人であったのだ。精神科医だけでなく、パラメなど精神医療関係者も良い人が多い。
殆どの精神科医は曲がりなりにも、患者の健康と幸福に貢献したいと思っているはずである。
精神科医には人非人のような奴もいるし、マッドサイエンティストのような人もいるが、それはむしろ例外である。少なくとも私の知る限りではごく少数派。
そういうヤツからも、私は特に危害を加えられたことはない。こちらが無視していれば、相手も特に絡んでくることはなかった。内科など、他科の医者には随分やられたことがあるが。
私の考え方は昔からほとんど変わらないが、精神医療関係者からイジメや排斥、攻撃を受けたことは殆どなく、尊敬とまで言わなくとも、一目も二目も三目も置かれた方である。
こうした考えだからこそ、気の弱い、(かつては)生意気な若造であっても、精神科医は無意識に私を恐れていたのかも知れない。
なるべく精神科医とは接触をもたないことにしていたが、今でも若干の関係はある。
ところで最近(いや、ずっと前からか…)、文字通り(刑法上の)精神科医の犯罪が多く、ニュースを賑わわせている。
精神科医の数は15,000人とも16,000人とも言われているが、聖人君子ばかりでもあるまい、それだけたくさんいれば、犯罪者が出るのも当然だろうと思いきや、実は人数の割には、既に捕まって新聞沙汰になっただけでも随分犯罪者が多い。
数字があまりピンと来ないので比較するとすれば、たぶん私の出身高校の卒業生の数は似たようなものである。中には犯罪者となったものもいるのだが、精神科医よりは遥かに少ない。
私がかつて住んでいた某市のとある地域の住民の数もそんなものであろう。やはり犯罪者はいるのだが、精神科医よりも遥かに少ないはずである。
例えば、最近2013年11月、こういう犯罪が報道された。
『精神科の36歳担当医、覚醒剤使用容疑で逮捕』
読売新聞 11月24日(日)10時58分配信
福岡県警直方署は23日、北九州市八幡東区西本町4、医師益淵(ますぶち)大輔容疑者(36)を覚醒剤取締法違反(使用)の疑いで逮捕した。
発表によると、益淵容疑者は今月中旬から21日までの間に覚醒剤を使用した疑い。21日午後10時頃、同県宮若市の自動車整備工場に車で突っ込む事故を起こし、警察官が駆けつけた際、言動に不審な点があったため尿検査を行ったところ、覚醒剤の陽性反応が出たという。
益淵容疑者は山口県下関市内の病院で精神科を担当していた。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20131124-00000255-yom-soci
他にも調べると覚せい剤使用の犯罪も多い。
向精神薬を正当化してしまえば、覚せい剤も肯定するのは当然だ。そうでなければ認知不協和が起こり辛くなる。「覚せい剤はやっちゃダメ」という、子供でさえ知ってることさえわからなくなるのは理の当然である。
罪悪感から、自殺したり、精神が病む(元々か)精神科医も多いと聞くが、実際にどの位多いのかはわからない。そういう人は、むしろ「良い人」なのであろう。
人の健康を害したり、しばしば死に至らしめたりしていれば、当然のこと、無意識の自己処罰欲求から衝動行為に走ってしまう、それを止める精神の働きがなくなっている、と考えることもできる。
精神科医は患者の健康を害したり、死に至らせても、多くの場合悪いことをしているという自覚はなく、人格から解離している。
悪いことをしている、悪いことをすれば罰せられる、罰しなくてはならない、という無意識の衝動に支配された行動をとってしまう。
普通の人間なら無意識の自己処罰欲求に支配されても、基本的には自罰行為に至るだけである。 原因が自身のトラウマであり、自身が犯罪を犯したわけではないからである。(犯罪的なのはむしろ親や加害者)
したがって、自傷したり、自殺したり、覚せい剤を使用してもヘロヘロの廃人になるだけで、車の事故を起こすにしても、自損自爆事故である場合が多く、犯罪行為には走らないのが普通である。
覚せい剤に手を染めるような相当ガラの悪いロックスターやタレントなども、そうそう薬物以外の犯罪を犯すわけではない。チャー坊も山口君もマーちゃんものりピーもけっこう良い人だったらしいし、薬物以外で捕まったわけではない。
自己処罰欲求に支配された行動により、他者への加害、侵害→逮捕、刑罰を受け、社会的立場を失なう→結果として自己処罰の実現、という形となるのは(ただ精神が病んでいるといった)一般の患者ではなく、犯罪者である。
覚せい剤をやったとしてもおとなしくしていればいいものを、人の工場に車で突っ込むなど、他に危害を加えるとは、犯罪者的であり、いかにも精神科医らしいとも言える。
犯罪者も、犯罪を犯した挙句、自暴自棄でさらに犯罪を重ね、自殺するのは最後であるが、一般的には詐欺と強盗は両立しない、窃盗犯は人を脅迫したりしない、というように一種類の犯罪しかしないのが普通である。
※続きを書く予定。